朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第359回2018/1/5

 死んだ春江の母は、松野から離れられなかった。春江は喜久雄を好きだったのに、俊介に引きつけられた。春江が一緒に身を隠した俊介は、春江のヒモ同然の男だった。春江が、母に助けを求めた時の俊介は廃人同様だった。
 薬に溺れていた俊介を抱えた春江が最後の最後に頼ったのは、母だった。そして、あの憎んでも憎み足りなかった松野が、誰よりも頼りになった。
 春江と死んだ母は、間違いなく似たものを持っている。松野と俊介に、わずかながら同じ匂いを感じる。


 なあ、お母ちゃん、うちら真冬に放り込まれたドブ川から、もう出られたんやろか? あのドブ川、ほんまに冷たかったもんな?

 人気役者の妻として、母として、梨園の女将として、輝いている春江だが、まだ「ドブ川」から出られていないと感じる。