朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第360回2018/1/6

 仕事に打ち込めている人が今の世にどれほどいるだろうか。今やっていることに打ち込むどころか、何をすべきかわからない、職業には就いているが自分に向いている仕事をさせてもらえない、そういう人が圧倒的に多いと思う。
 喜久雄は、常人にはその断片も経験できないような運命に生きている。そして、常人には想像すらできないほどに自分の仕事に打ち込んでいる。これは、幸福なことだ。平穏な人間関係、円満な家庭、安定した収入がもたらす感覚とは違う幸福だと思う。
 歌舞伎役者という特殊性、そして、元来がフィクションだが、好きなことに全身全霊をささげることの価値を改めて思う。