朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第364回2018/1/10

 「約束」と徳次が言ったので、例えば次のようなことかと思った。
 綾乃に決して寂しい思いをさせるな。
 中国で消息を絶っても、自分の方から連絡を取るまでは決して捜さないでくれ。

 徳次には、裏方として付き人として喜久雄を支え続ける道があったはずなのに、その道を選ばなかった。
 自分のことよりも、大切な人であっても、いつもその人の傍にいるばかりが、よいわけではないということだ。

 「舞台裏を走り回って履き潰した雪駄」を残したのは、徳次が歌舞伎とは別の世界に生きようとする覚悟だと感じる。