朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第373回2018/1/19

 私は、父と同じ業種の会社に入り、定年まで働いた。父と同じ仕事をしていることへの気持ちは、肯定と否定は半々だった。今、振り返ると否定的な考えはなくなっている。あるのは、仕事の本質にもっと迫りたかったという思いだけだ。
 私の世代は、個性は非常に大切にすべきもので、家業を継ぐことよりも、自分が好きな道へ進むことの方が価値が高いと、信じる人が多い。私も例外ではない。だから、家の仕事、親の仕事を継ぐことは、不自由な生き方だと思っていた。

 今、まさに、俊介は、一家揃って、丹波屋を継ごうとしている。俊介一家が丹波屋の継承を成し遂げることへの、周囲からの期待は極めて大きい。だが、父の芸を継ぐこと、丹波屋の伝統を守ることは、襲名披露公演で成就するものではないはずだ。