朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第390回2018/2/6

 動揺する春江、現実を十分には捉えられない喜久雄。それに、反して覚悟を決めた俊介。三人三様の心理状態が伝わってくる。
 春江の慌てふためく様子が初めて描かれた。冷静さを失って当然のできごとではあるが、今までの春江からすると、この事態を受け容れたくないという気持ちがどれほど強いものであるかが分かる。
 喜久雄は、全く予期しなかったことであるのと、役者としての俊介の存在が失われるという思いで、冷静さを失っている。

 春江と喜久雄は、俊介の助けになるような言葉を一つもかけることができていない。
 しかし、それは、俊介にとって、ありがたいことだと感じる。俊介は、懸命に冷静に事態を受け容れ、最善の策を探ろうとしている。しかし、本心では泣き叫びたい思いに圧し潰されそうになっているに違いない。その弱音、後悔、繰り言を、春江と喜久雄が言ってくれている。