朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第391回2018/2/7

 復帰はできない。努力しても、工夫しても、手術前のような舞台は勤められない。

「現実を受け止めてください。半年かかるか、一年かかるか、それでも痛みは必ず消えていきますから」

 俊介は、自分の病状と脚の切断については現実を受け止めた。更に、脚を失った痛みとそれを乗り越えるためのリハビリの辛さという現実を受け止めなければならない。
 歌舞伎役者にとって、俊介にとって、半年、一年は致命的に長いブランクであろう。
 復帰へのわずかな可能性は、前回の復帰は、十年というブランクと薬中毒を乗り越えたという経験があることだ。それに、春江と喜久雄が、それこそわが身を顧みずに力を尽くすに違いないことだ。

 この場にいない源吉や徳次、それに松野のことが気にかかる。