朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第396回2018/2/12

 喜久雄と俊介は、血のつながらない二人ではあるが、これほど深い因縁もないほどの間柄だ。それなのに、今までこの二人は、互いの舞台について批評めいたことを言い合った場面の記憶がない。
 これほど、深く知り合っていると、第三者としての評を言うことは不可能なのだろう。そうでありながら、どんな劇評家や目の肥えた歌舞伎好きよりも、互いの長短所を直感的につかむのだろう。
 俊介が、復活の舞台の感想を喜久雄に求めたのは、世間の評判を信じられない思いからだろう。騒がれれば騒がれるほど不安になる俊介を感じる。