朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第400回2018/2/16

 喜久雄の言葉で考えてしまう。
 二代目半二郎、先代白虎は、なぜあそこまでやったのだろう?

 自分の代役を考えた時に、喜久雄の方が俊介よりは、芸が上だったと思えるが、それもわずかな差であったろう。自分を継ぐべきは俊介であり、俊介本人のことを思えば、代役を喜久雄に回そうと考える余地はなかったはずだ。

 眼がほとんど見えなくなっているのに、舞台に立ち続けたのはなぜか?自分の人気のためでも、借金返済のためでもなかったと思う。
 喜久雄本人のこと、出奔中の俊介に期待することは大きかったと思うが、それよりももっと重いものに突き動かされて、見えないままに舞台に立ち続けたし、舞台にいるのさえ苦しかったはずなのに、襲名披露の口上を述べようとしたのだと感じる。


「俊ぼん、旦那さんはな、最後の最後まで舞台に立ってたよ。」

 死に際に駆け付けた喜久雄が耳にしたのは、俊介を呼ぶ先代白虎の叫びだった。そういう思いをした喜久雄が俊介にかけた精一杯の言葉だった。
 が、今の俊介には、喜久雄のこの思いも届かぬのではないか?