朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第412回2018/2/28~第425回2018/3/13 第十七章 五代目花井白虎

 俊介が逝った。

 五代目花井白虎として果たすべきことを果たして去って行った。
 春江に、幸子に、俊介は伝えるべきことを伝えていたように感じる。
 喜久雄は、春江と幸子とは違っていた。

この数ヵ月、自分なりに覚悟はしてきたつもりでありながら、俊介がいなくなることがどういうことなのか、まだ何も理解していなかったのでございます。(422回)

 喜久雄と同じように読者として気づいていなかった。喜久雄がどんなに俊介と結びついていたかを。喜久雄にとっても、俊介にとっても、どんな歌舞伎の舞台に立っているときも、いつもいつも互いに声を掛け合っていたのだ。
 だからこそ、互いに歌舞伎役者を諦めなかったのだ。
 だからこそ、歌舞伎役者を目指して、稽古に励んだあの頃の時間が喜びの思い出なのだ。