国宝 あらすじ 第十八章 孤城落日 第426(2018/4/8)~450(5/3)回

 『藤娘』を舞う喜久雄の目の前に、舞台に上がってきた若い男性客が立つという事件が起こった。喜久雄はこの時に、舞台と客席にあるはずの何かが破れ落ちたという感覚にとらわれた。(第十八章)


 喜久雄は、当代随一の立女形と認められるようになっていた。
 その喜久雄と何度も共演している伊藤京之助が、『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)』の舞台上の喜久雄について、「誰か別人とやってるみたいだった」と不審に思う。このころ、同じ舞台に立つ他の役者たちも喜久雄の変化に気づいていた。しかし、喜久雄への遠慮もあり、京之助のように口に出す者はいなかった。

 喜久雄は、この『女殺油地獄』をやる三年前から舞台以外の芸能活動を一切受けなくなっていた。
 また、喜久雄は、一昨年には文化功労者の栄典にあずかり、「重要無形文化財保持者」、通称「人間国宝」の候補にも上がるようになっていた。

 次の場への出を待っている喜久雄に、孫の喜重が、自宅の火事で火傷を負ったという急報がもたらされる。気が気でなく、舞台を最後まで終えた喜久雄は、喜重が搬送された病院へ駆け付ける。病院の廊下で、綾乃が喜久雄を遮り、「お父ちゃんがエエ見みるたんびに、うちらが不幸になるやんか!」と叫ぶ。
 喜重の熱傷は経過もよく、本人も気丈にも笑顔を絶やすことがない。また、病院での出来事を詫びる綾乃の手紙が喜久雄に届く。

 京之助一門の追善公演で、喜久雄は六年ぶりに『藤娘』を舞う。このころの喜久雄の芸は、他の追随を許さぬのは当然ながら、孤高と呼ぶのも憚れぬような神々しさに満ちている。

 社長の竹野が、久しぶりに喜久雄の舞台を観て、楽屋で喜久雄と話をした。その竹野が、帰り際に、一豊に言う。
「ありゃ、正気の人間の目じゃねえよ‥‥。なあ、いつから‥‥」
 一豊が答える。
「『藤娘』です‥‥。舞台に客が上がってきた‥‥、あのあとからです」
(第十九章 錦鯉 24 474回)