国宝 第十六章 巨星墜つ 第376(2017/12/27)~400(2018/2/16)回 感想

 見世物小屋で化け猫を演じた俊介に、万菊が言った。

「‥‥今の舞台、しっかり見せてもらいましたよ。‥‥あなた、歌舞伎が憎くて憎くて仕方ないんでしょ」
 一瞬、俊介の視線が揺れます。
「‥‥でも、それで、いいの。それでもやるの。それでも毎日舞台に立つのがあたしたち役者なんでしょうよ」(第十章 怪猫 15 240)


 万菊は、このとき既に、俊介の役者としての将来を見越していた、と思う。そして、希代の立女形と誰からも認められた万菊の誇りと苦悩が、俊介に向かってこういう言葉を吐かせていると感じる。
 舞台の上の美を究極まで追いつめる生活を続けていると、そこから逃げ出したいという気になるのであろう。万菊が、安宿で、「陽気な婆さん」として最期を迎えたことがそれを物語っている。


 俊介は、自分の出奔の詫びを喜久雄に向かって言うことはなかった。また、出奔中の苦しみを喜久雄に語ることもなかった。信頼している喜久雄に苦しい心の内をもらすことなく、襲名披露の口上で万座の観客に、胸の内を吐き出した。役者の舞台というのは、肉親と同様の人とのつながりを超える存在なのだと、感じた。
 俊介の父は、舞台のために、実の息子よりも芸が上の喜久雄を自分の代役に指名した。
 俊介は、兄弟のように信頼し合っている喜久雄よりも、病気にさいなまれている自分の体よりも、舞台を優先させている。
 本物の役者というのは、なんとも凄まじい存在だ。