朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第476 477回2018/5/4~5/5

 時間は、すべてを飲み込むと強く感じた。
 俊介と一豊の同時襲名から二十年が経っていた。俊介は、亡き人となり、喜久雄と殴り合い、出奔していた俊介の復活のために、喜久雄を悪者にしたあの竹野が、三友の社長となっている。そして、喜久雄の現在の状態を心配している。

 小説の中だけではない。むしろ、現実の方が時間の経過に支配されているとつくづく思う。十代の頃に夢中になった小説を今読み返しても、あの時の感動は戻らない。そして、あの時から六十年が経っている。 
 十数年前に心配と不安に圧し潰される思いでいたことは、もう、過去のことでしかなくなっている。

 春江は、役者の女房だから、特別なのであろうか。そうとも思うし、そうでないとも思う。役者でなくても、人が何かを成し遂げるには、その仕事、役目のために全てを捧げなければならないことが、春江の姿を通して、描かれているように感じる。
 それが、多くの人々に夢や喜びをもたらす仕事であれば、普段の生活や当たり前の幸福は犠牲になるということなのだろう。