朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第491回2018/5/20

 喜久雄の役者としての出発点は、大阪で俊介と一緒に稽古に励んでいたときだと思ってきた。
 歌舞伎役者の芸として、至高の域に達した阿古屋の舞台を読むと、さらにその先だと思わされる。
 それは、喜久雄が立花組の新年会で『積恋雪関扉』を披露したときなのであろう。そのときこそ、父が撃たれたときであり、そのときから徳次が喜久雄の傍にい続けた。
 父権五郎の死、ここから現在の究極の芸域までの道がはじまっていたように感じる。そして、綾乃はそのことを言い当てていた。

「嫌や!来んといて!これ以上、近寄らんといて!なんで?なあ、なんでなん?なんで、うちらばっかり酷い目に遭わなならへんの?なんでお父ちゃんばっかりエエ目みんの?お父ちゃんがエエ目みるたんびに、うちら不幸になるやんか?
 誰か不幸になるやんか!もう嫌や!もうこれ以上は嫌や!なあ、お父ちゃん、お願いや。うちから喜重を取らんといて!なあ、もうええやんか‥‥」(461回)


 こう叫んだ綾乃と、長崎の料亭の舞台で共に踊った徳次が、今、歌舞伎座に招かれている。