朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第493回2018/5/22

 喜久雄の初舞台を描いた場面は、印象に残っている。

 初舞台のお役がついたと申しましても、栄御前について出る腰元の一人、御前のお供で手持ち灯籠を持って花道から舞台へ出ますと、当然台詞もなく、十五分ほど下手に座り、そのまま舞台をはけていくという役所でございます。
 ただ鳥屋から花道へ出た瞬間のなんとも言えぬ雰囲気だけははっきりと覚えておりまして、まさに雲の上を歩くが如く、何か無理にでもそこに言葉を当てはめるならば、幸福とでもいうのでありましょうか。
 しかし、そのあとの記憶が一切ございません。
(略)決められた通りに舞台をはけ、決められた通りの廊下を渡って大部屋の楽屋へ戻り、鏡台に向かったところで、やっと我に返ったようなものでございました。
 するとそこで、さっきまで自分がいた舞台の床の感触や、はっきりと一人一人が見えていた見物の顔、そして何よりも舞台に漂っていた香の甘い香りが蘇りまして、喜久雄は思わずそばにあったつい立の裏へ身を隠そうとしたのでございます。と言いますのも、まるで夢のなかで精を放ってしまったような、人目を憚るほどの恍惚感がそのときになってとつぜん襲ってきたのでございます。(第五章 スタア誕生 3 103回)

 舞台の魔力に魅せられた人は、プロ、アマを問わず少なくないと思う。しかし、これほどの強く深い感覚は、喜久雄ならではものだと感じさせられた。
 そして、この感覚を描写する文章は、うまい。
 喜久雄が舞台上で、今、繰り広げている芸の極致の描き方(493回)は、さらにうまい。