朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第496回2018/5/25

 命と引き換えに舞台に上る俊介を支え続けた。俊介亡き後は、一豊を支え、幸子の面倒を見、丹波屋を一人で切り盛りしてきた。一豊が交通事故の加害者となってからは、その荷は重さを増した。
 寂しさに浸り、悲しみを吐き出す暇はなかったはずだ。
 そして、今は、恥も外聞も脱ぎ捨てて、テレビのお笑い番組に出ている。これも、一豊に世間の注目を集めるためであろう。
 その春江が、涙を流す。それもこれも、喜久雄の芸ゆえと感じる。

 いくら呼んでも、いくら待っても、戻ってはくれないという歌詞に、自分が誰を思い重ねていたのか考えようとして、思わず慌て、それでも「いや、大丈夫」と春江が浮かべましたその顔は、(略)

 ここに春江の心の奥底を感じる。