朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第498回2018/5/27

 綾乃が、胸をつかれたようにハッとした。

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第十九章 錦鯉 12 462 挿絵

 最も印象に残っている挿絵の一枚だ。リュックを背負う綾乃、そして、外見は子煩悩の父に見える喜久雄だ。その喜久雄が、祈ったことは、次のことだった。

「『歌舞伎を上手うならして下さい』て頼んだわ。『日本一の歌舞伎役者にして下さい』て。『その代わり、他のもんはなんもいりませんから』て」(第十九章 錦鯉 12 462)

 今は、横綱の妻となり、娘の母となった綾乃だが、このときの父、三代目半二郎の言葉を忘れることはできないと思う。たとえ、その父を許していても。


 喜久雄は、このときの悪魔との取引通りになるのではないかと思う。