国宝 あらすじ 第二十章 国宝 第476~500回 

 一豊は、三年に及んだ謹慎期間が明け、心機一転舞台復帰を果たす。また、舞台復帰の直後に、一豊は美緒というモデルと結婚する。
 一豊の舞台復帰も、人気のあったモデルとの結婚も、周囲が期待したほど世間の話題にはならなかった。復帰後の一豊は、人気もそれほどでもなく大きな役もつかない状態だった。
 しかし、一豊の妻となった美緒は、モデルという派手な職業をしていたにもかかわらず、庶民的で飾らぬ性格で、歌舞伎役者の女房として春江の教えに懸命に勤めている。(第十九章 錦鯉)

 依然として一豊にはいい役がつかないが、美緒が妊娠し、丹波屋に跡取りができるという明るいニュースがもたらされた。

 辻村将生の娘を名乗る女性から、喜久雄に電話があった。電話の内容は、長患いをしていた辻村の容態が悪くなり、「喜久雄に会いたい」と漏らすようなったというものであった。
 辻村は、八年に及ぶ刑期を終えて、その後、ほとんどゼロから土建屋を興した。その会社を、十年で一端の企業に育て上げた。そのころ、妻に先立たれ、自身も癌を発症し、その土建会社を譲り、東京に嫁いでいた娘を頼って、武蔵野の病院に入院していた。この三十年近く辻村は、一切喜久雄に連絡を取っていなかった。
 喜久雄は、一豊と共に辻村の入院している病院を訪れる。痩せた辻村が、喜久雄に言う。「おまえの親父を殺したとは、この俺ぞ」。
 五十年にもあいだ、秘されてきたこの真実を知らされた喜久雄の目に映るのは、その昔一緒に踊った徳次の顔であり、血潮に染まりながら、右に左に睨みを利かす父権五郎の姿であった。
 謝ろうとする辻村の手を握り、喜久雄は、「小父さん、もうよかよ。綾乃の言う通り、親父ば殺したんは、この俺かもしれん」と言った。

 喜久雄が、歌舞伎座の楽屋で『阿古屋』支度をしているころ、三つの出来事が起こっていた。
その一 
 三友の社長竹野の所に、重要無形文化財の指定及び保持者の認定に、喜久雄を答申した、という書類が届く。
その二
 『阿古屋』の開幕を待つ歌舞伎座に、綾乃が駆け込んできた。綾乃に気づいた春江がわけを聞くと、綾乃へ徳次からと思われるメモが留められた本日分の二人分のチケットが届いたのだと言う。しかし、綾乃の隣の席は空席のままだった。
その三
 中国の白河集団公司という中国で有数の大会社の社長が、渋滞の中、銀座へ向かっている。この社長は、二十年前中国に渡った日本人で、中国の経済発展の波に乗り、短期間で財を成した人物である。彼が、二十年ぶりに日本に戻ったのは、昔から贔屓にしている役者が日本の宝になる、という情報を得たからであるという。

 歌舞伎座では、『阿古屋』が幕を開け、観客は喜久雄の芸に魅了され、陶酔している。

 『阿古屋』の幕が引かれようとしたその瞬間、喜久雄の動きが本来の動きと違ってくる。
 まるで、雲のうえでも歩くように、喜久雄は舞台を降りる。喜久雄の動きに戸惑っていた観客たちも、気がつくと総立ちになり、通路をまっすぐに外へ向かう喜久雄の背中にこれ以上ない拍手とかけ声をかけていた。