新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第回2018/6/2~6/3 朝日新聞

 姉は、父がこいのぼりを買ってくれたことを、ほんの気まぐれで、洋一郎のことを大切に思ってのことではない、と言い張る。だが、私(洋一郎)の記憶では、父が丁寧にこいのぼりをベランダに結わえたことが鮮明だ。しかも、母もそのこいのぼりを大切に扱っていたことがわかる。
 この父は、稼ぎがあって、しかも家族に優しいような人ではなかったのであろう。だが、家庭をまったく顧みないような人でもなさそうだ。

 私も昭和四十年代くらいまでは、自分の子のためにこいのぼりを揚げた。こいのぼりを揚げる習慣がなくなったのは、住宅事情の変化のせいだと思っていた。しかし、そればかりではないかもしれない。
 子どもを育てる年代の父親の仕事の事情や、今の父親世代の時間の使い方の変化が大きいのだろう。小さなこいのぼりでも、外にこいのぼりを揚げるには、それなりの作業技術(固定するための重石など)がいるし、揚げたり下げたりの手間がいるのであった。