好きな台詞。今や丹波屋の若女将となった春江と、人気のお笑い芸人弁天との会話。

「いや、ほんまやで。万が一でも俺がお偉いさんなんかになってもうたら、それこそ『天下の弁天、万引きで逮捕』とか『天下の弁天、痴漢の現行犯』とかな、一番みっともない姿晒(さら)して、この世界から堂々と干されたるわ」

「弁ちゃん、ほんま変わってへんわ」

「いや、ほんまやて。唯一、王様を笑えんのが芸人やで。それが王様になってどないすんねん」
(第287回)

 ここに、下積みの暮らしから這い上がった者の心意気が感じられる。
 昭和の敗戦後世代の私にとって、弁天の芸人としての信条が新鮮なのは、上昇志向を拒否しているからだ。
 弁天と同じ世代の私は、現実の社会で、学歴も仕事上の地位も収入も上を目指して暮らしてきた。それは、王様になりようがないのに、小さな小さな王様になろうとしていたともいえる。
 弁天のように芸人でなくても、庶民、市民という位置にいるなら、王様を笑う気持ちが大切だったと思う。
 政治体制がどのように変化しても、体制は人間社会が産み出すものだから、権力を握った者はお偉いさんであり、王様である。王様がいるからには、統治される大衆がいるということを忘れないで、ものごとを見るべきと思う。