悔しい思い、辛い経験、幸福でないことそれもとてつもなく幸福から遠いこと、それに負けなければ、人は、他の人々を幸福にできるものを生み出すことができる。
 作者は、こう書いていると感じる。

 「俊介」が父の代役に指名されていたならば、「俊介」の長男が健やかに育っていたならば、「俊介」が健康で長生きしたならば、どうであったろうか。「俊介」が順調な人生を歩んでいても、元々役者としての素質があり、しかも幼い頃からの芸の積み重ねがあるから、歌舞伎役者として一流になっていただろう。
 しかし、過去に例がなく、今後も出ないであろう役者にはならなかったと思う。「俊介、五代目花井白虎」は、稀代の女形「喜久雄」と競い合い、従来の歌舞伎の役柄に今までにない解釈を加え、他の役者には想像もできない工夫を凝らすことができる歌舞伎役者として、その生涯を終えた。「俊介」が二度とでないような役者になることができたのは、御曹司の座を「喜久雄」に奪われ、幼い長男を喪い、それらを乗り越えて舞台に復帰したのに、足を失うという度重なる逆境の中で舞台に立ち続けたからだと思う。
 足を失ってからの「俊介」の舞台は、過去の名優とは異なる感動を観客に与えたに違いない。

 「俊介」の場合だけでなく、それぞれの人物の悲しみ、逆境、不幸を作者は描いている。人が嫌悪する悲しみ、逆境、不幸を見つめる作者の眼は、そこに生きる人の強さと明るさに注がれている。