新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第8回2018/6/8 朝日新聞

 先日五十五年ぶりの中学校の同期会に出席した。参加者は顔を見ただけではまったく思い出せなかった。名前を確かめ合い、しばらく話しているうちに何人かを少しずつ思い出してきた。
 会の後半、同級だった一人の女性が、熱心に話し出した。級友の情報でも中学校でのエピソードでもなかった。話題は、学級担任教師に嫌なことをされたというものだった。中学校生活の楽しかったことは忘れていても、担任教師の嫌な思い出は詳細で鮮明だった。
 かくいう私も、その教師の嫌な思い出は、他人に話すこともないが、鮮明だ。
 親や教師が子どもに残す記憶というものはそういうものなのだろう。
 
 洋一郎が確かめようとしたこいのぼりの記憶、それが父についての思い出のすべてだ。つまり、父についてのはっきりとした記憶は、このこいのぼりのこと以外はほとんどないのだ。
 六年生だった姉にとっては、父として認めたくない存在であったのに、小学校二年生の洋ちゃんにはそうは感じられなかったところに、この父の実像があったのだと思う。