『国宝』の特徴
①語り手の存在
 連載小説を読んでいるのに、まるで、舞台を観ているような気分になった。小説中のこととしても、できごととできごとのつながりや時間の経過が妙なところがあったが、舞台上で場が変わるような感じで、そこに違和感を感じなかった。それは、場面転換を「語り手」が行っていたからだ。
 また、歌舞伎の題目と舞台の描写にかなりの紙数が割かれているが、それもストーリーに溶け込んでいた。これも、「語り手」の役割であった。
 ただし、第一、二章くらいまでは、この「語り手」の存在や口調に慣れるのに時間を要した。

②昭和という時代背景
 「喜久雄」のような天才役者はともかくとして、「春江」や「市駒」像は、現代を舞台にした小説では不自然な面もある。それが、そう感じなかったのは、昭和という時代の描き方だったと思う。
 戦後復興もバブルも書かれていたが、昭和の明るい面は描かれていない。むしろ、アンダーグラウンドな昭和が描かれていた。
 民主主義、男女平等、所得倍増、個人尊重を謳歌したのが、昭和時代であった。だが、それは昭和の一面であった。昭和の明るさの陰には、戦中の傷跡から立ち直れなかった人、低所得の労働者、旧来の職業から抜け出せなかった人、戦前の家の考え方にしばられ続けた人などがいた、というのが正しい認識だと思う。
 「徳次」、「弁天」、「春江」、「市駒」は、まさに昭和時代の暗部で、その青春を過ごした人であったと感じる。だから、個性尊重や学校教育に無縁であっても、現代を生きている人物として受け止めることができたのだと思う。

 この小説は、あらためて、昭和という時代について考えるきっかけになった。

③最終回の後味
 劇場から出て行った「喜久雄」は、その後どうなったのか?
 中国から二十年ぶりに日本に帰った「男」を、「徳次」と書かなかったのはなぜか?
 読者に疑問を持たせたままに、『国宝』は終わった。

 「喜久雄」が「徳次」や周囲の人々の手厚い看護を受けて、長い治療と休養の後、正気を取り戻し、舞台に復活する。舞台に復活した「喜久雄」は、円熟を極めた演技を見せる。さらに、「一豊」をはじめとして後進の指導にあたり、歌舞伎界全体の発展に力を尽くす。
 中国で成功を収めた「徳次」は、その財力で「喜久雄」をますます支え、「綾乃」と「喜重」にも力添えをした。
 もしも、こんな風に『国宝』が終わったならば、それこそ、夢物語になってしまう。
 「喜久雄」が完璧を求めれば求めるほど、孤高の存在になるしか道はない。
 成功して、周囲が羨むような社長になるなら、「徳次」の仁侠の道は行き詰る。
 「喜久雄」が、他のどんな歌舞伎役者も及ばぬ究極の役者として存在するには、あの終わり方しかないのであろう。
 「徳次」が、いつまでも「喜久雄」へ忠義を尽くし、常に弱きを助け強きをくじく男でいるには、社長は似つかわしくないのであろう。

 「喜久雄」は、舞台と舞台の外の区別がつかなくなり、「徳次」は、中国で何をしているかわからぬままである。

 それでこそ、長崎の新年会で踊った「喜久雄」と「徳次」なのだ。
 「俊介」と自転車に二人乗りしている「喜久雄」なのだ。