新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第31回2018/7/2 朝日新聞

 同じ年頃の子を持つ母親同士の共感は、父親同士とは違うのだと改めて思う。

 一人息子を喪って、佐山夫妻の生活がすべて変わってしまったことがわかる。そうなるのも無理からぬことだと思う。だが、世の中の子を喪った夫婦が、皆佐山夫妻のようになるのだろうか?そして、そうなることが社会にとって自然なことなのだろうか?
 
 人はいつかは死ぬ。死に順番はつけられないので、親子の逆転もある。これが、現実だ。


 パソコンのデータを消去するように、芳雄くんのすべてが記憶から消えうせてくれたほうが、むしろ幸せなのだろうか。そうではなくて、せめて親の記憶の中だけでも息子を永遠にとどめておきたい、と願うものなのだろうか。

 考えさせられる内容だ。
 私は、次のように思う。
 子の記憶は消え失せることはない。同時に、親の記憶の中に子を永遠にとどめておくこともできない。思い出は消えないが、時間の経過によって変化し、薄らいでいくものだと思う。