新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第88回2018/830/ 朝日新聞

 収骨の違いを初めて知った。私の方は、東日本の収骨方式だった。だいたいが北海道は、東日本西日本の区分けの意識があまりない。県という区分の意識すら低い。
 葬儀、火葬、収骨、墓、そういうことの慣習について詳しくなる必要はないと感じている。そのやり方の細部を、「〇〇の正しい行い方」などとうるさく言う人もいるが、意味のないことだと思う。また、正しいやり方をしなければ、霊が云々ということも私には、縁のないことだ。
 しかし、自分や周囲の人の気持ちが収まるような方法は取りたい。だから、葬儀にかかわることも慣習に沿って行ってきたし、遺骨の納めどころも、自分の家の宗派の僧侶の助言を受けながらやってきた。自分の場合も、そうなるだろうと思っている。
 洋一郎は、どんな結論を出すだろうか、今のお寺に頼んで、このまま無縁仏として納骨してください、などとは言えないと思うが‥‥