新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第91回2018/9/2 朝日新聞

 私自身は、私が受け継いできた墓に入るだろうと思っているせいか、自身の死後の遺骨の扱いについてこだわる気持ちがない。もしも、自分の死後の始末を誰にもやってもらえそうもない境遇に置かれたら、どう思うだろうか。最近は、料金を前払いすれば、身寄りのない場合でも供養をしてくれる寺や葬儀社があるようだから、そこにでも依頼するしかないか。その料金もなければどうなるか、地方自治体の処置に任せる他はないのであろうか。

 葬儀と墓の維持を昔のままに行うのは、無理な社会環境にある。だからと言って、人が死んだ場合は火葬のみ、遺骨は合祀が一般的とはならないとも思う。

 大家の川端さんが、大家としてやっていることは、亡くなった人の世話だけではない。死者のためではなく、高齢になって住まいを借りるのが困難な人、独りで暮らしているのでアパートを借りる際の保証人のない人、そういう人々の役に立っている。川端久子さんのこのような気持ちと行動に、人間としての自然な感情を感じる。
 川端久子さんの行動は、亡くなった父の人生に何かをもたらしたのかもしれない。