新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第94回2018/9/5 朝日新聞

 私の子どもの頃は、七十歳を過ぎると、長生きの部類に入った。八十歳を超えると、長生きですねえ、と間違いなく言われた。九十歳を超えると、無条件におめでたいこととして驚かれた。
 だから、六十の人が十年経って七十になることはあったが、七十の人が十年経って八十になる確率はそれほど高くなかった。
 大家の川端さんの感覚は、この辺の事情を指しているのだと思う。

 今は高齢化社会になっているが、まだ高齢化社会以前の人口増加が当たり前だった時代の感覚も残っている。六十や六十五で引退という感覚、子の年齢が七十を過ぎれば親は他界しているという感覚、七十になれば生い先は短いという感覚、それはもはや通用しない。
 でも、生物としてのヒトの肉体は老いを排除できないし、今までの社会で身に付いた人間の寿命の感覚を急には変えられない。

 川端久子さんという人は、おおらかな人だ。こういう風に物事をとらえる人がいることは救いになる。洋一郎は、そして、洋一郎の父はよい人に巡り会ったと感じる。