新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第97回2018/9/8 朝日新聞

 洋一郎と川端久子(大家)さんは、共通の仕事だと思う。高齢になった人がそこで人生を終える住居の施設長であり、大家である。
 だから、洋一郎は晩年を過ごす多くの人々の日常を見知っている。そして、洋一郎が見知っている有料老人ホームでの暮らしと、父が暮らしていたアパートとの違いに戸惑う気持ちがはたらいているのではないかと思う。
 洋一郎が単に仕事というだけでなく精一杯工夫している老人ホーム、そこの住人は格差社会の高い方に位置する高齢者なのだろう。一方、川端久子さんが、借り手のことを思いやって管理しているアパートに住む高齢者は、今の社会の底辺に近い位置の高齢者なのだろう。

 遺品というのは、不思議なものだ。言葉や写真以上に、亡くなった人の日常をイメージさせる。
 意図しなくても、人間は自分が使った物をのこさざるをえない。それだけに、身の回りの日常品に気を配りたい。私には遺産と呼べるようなものはないが、少なくとも処分に困る遺品はなるべく少なくしておこうと思っている。