新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第103回2018/9/15 朝日新聞

 がらんとした和室の中にあるがらんとした押し入れは、私にとっての父──顔すら思い浮かべられない父の胸のうちそのものだった。

 洋一郎の行動と気持ちには相反するものがある。
①父と過ごした思い出がわずかだ。
②父が家を出て行ってから父のことを気にしたことがほとんどない。
③父と離れ離れになっていた四十年間に父の消息を知ろうとしたことがない。
④父が死んだと聞いても悲しみも感慨もわかない。
⑤父の遺骨を引き取る気になれない。

⑥こいのぼりを飾ってくれたこと、いっしょにタバコ屋に行ったこと、このことは細部まで覚えている。
⑦姉が父のことを悪く言うときに同調しない。
⑧父が死ぬ前に暮らした部屋を非常に細かく見ている。

 ①~⑤は、実の父に無関心であり、父を拒否する行動と心情だと思う。一方、⑥~⑧は、父のことを知りたい、父の実像に迫りたいという行動と心情なのではないか。そして、上に引用した表現には、「父の胸のうち」を知りたいという洋一郎の気持ちが表れていると感じる。