新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第106回2018/9/18 朝日新聞

 洋一郎は、死んだ父の部屋を見てきたことを、妻にまだ言わない。姉にも、父の遺骨のことや部屋のことを話してもいないようだ。不思議だ。
 死んだ父のことを知りたいと洋一郎は思い始めている。父のことを知るためには、離婚前とはいえ、最大の情報源は母のはずだ。父の死を、母には一言も話していないし、話そうという気もない。これも不思議だ。
 不思議だが、洋一郎の立場になれば、私も洋一郎と同じようにするだろう。
 妻には、実の父との事情は既に話した。そして、それ以外では、父のことを話題にしたこともない。死んだ父の部屋がきちんとしていたことを、娘の出産のことで忙しい妻に話してもしかたのないことだ。
 姉に、大家さんとの会話や遺骨や部屋のことを詳しく報告しても、姉はそんなことに全く興味を持たないだろう。姉は、遺骨は合祀、遺品は処分と言うに違いない。
 母に改めて、別れた父のことを訊ねるのは、辛かった過去を思い出させることになる。高齢で、再婚相手の連れ子のもとで暮らしている母によけいな心配はさせたくない。


 川端久子さんの話と、父の部屋の様子から、晩年の父、別れてからの父のことがよけい謎に包まれてしまった。父のガラケーへの着信が、それを解くカギになるのだろうか?