新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第四章 和泉台ハイツ205号室 あらすじ

 洋一郎は、話す言葉を慎重に吟味して、父が死ぬまで暮らしていたアパート(和泉台ハイツ205号室)の大家(川端久子)さんに電話をした。電話で連絡のついたその日に川端さんと会い、父の部屋を見せてもらうことになった。
 待ち合わせ場所に現れた川端さんは、洋一郎を父の遺骨を預かってもらっているお寺に案内した。お寺の住職さんから遺骨についての説明を聞き、川端さんからは、父の遺骨を手元に置いてあげてはどうか、と勧められた。洋一郎は、父の遺骨をどうするか、はっきりとした返事ができなかった。
 お寺から父が借りていた部屋へ向かう途中、川端さんは、父が二、三年前までは工事現場で働いていたこと、家賃は遅れたことがなかったことを話してくれた。
 父の部屋には、『男はつらいよ』のDVD、池波正太郎の本などがのこされていた。その中に『原爆句集 松尾あつゆき』があり、それを見つけた洋一郎は、亡き父がどんな気持ちでこの句集を読んだのか、図りかねて唖然として呆然となった。
 部屋の中は、一人住まいの高齢の男性にしては、こぎれいでよく整頓されていた。
 川端さんは、この部屋に通ってきてゆっくり部屋の片づけをすることを洋一郎に勧めた。洋一郎も川端さんの言うとおり、時間をかけて父の遺品を整理してみたいと思った。
 川端さんは、別れ際に、父が使っていた携帯電話を洋一郎に渡した。その携帯電話のアドレス帳には三十人ほどが登録されていた。その末尾近くに、母<吉田智子>と姉<吉田宏子>と私<吉田洋一郎>の名前が電話番号なしで登録されていた。それを、見た洋一郎は、「嘘だろ‥‥」と声を漏らした。