新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第150回2018/11/2 朝日新聞

 本多くんは「元気なうちに姥(うば)捨てにされちゃったんですかねえ」と苦笑した。

 現実は、介護される方もする方も、悩んでいる。ハーヴェスト多摩よりも、施設設備の劣った(費用の安い)介護付き有料老人ホームであっても、介護付き老人施設に入居できる人は恵まれているといえる。
 そうでありながら、高齢者施設に入るということは、本多くんの上の言葉のような面をもつと思う。
 洋一郎の父は、経済的な理由から介護付き老人ホームには到底入ることができなかったであろう。その代わり、死ぬまでそれまでの一人暮らしを続けることができた。家族とは全くの絶縁状態だったが、大家(川端久子)さんや住職(道明和尚)さんや小さな図書館の司書(田辺麻美)さんとの交流があった。
 和泉台ハイツの父と、ハーヴェスト多摩の後藤さん、この二人の違いが見えてきた。


 自宅で死を迎えることが最善とは簡単にはいえない。しかし、今の時代、今までの暮らしを続けながら死を迎えることができないのはなぜか。
 この疑問の答えは、高齢者問題の範疇にとどまらない要素を含むと思う。
 『ひこばえ』は、現代の終の棲家や介護、更に墓の維持などの問題を描き、作者の主張が展開される小説かと思っていたが、それよりももっと大きな視点をもっているようだ。