新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第152回2018/11/5 朝日新聞

 「介護」という言葉を、今の意味で使うようになったのは十数年前からだと思う。「介護サービス付き高齢者向け住宅」という施設・住居が一般的になったのは、私にとって、ここ数年のことだ。「サ高住」なる略語を知ったのは、つい最近だ。
 おおざっぱに言って、昭和の時代では「高齢者の増加」「介護にかかわる様々な悩みと苦労」「認知症への対応」などが深刻な社会問題になることはなかった。老人にかかわるこれらのことがなかったのではない。全人口に占める高齢者の数だけの違いでなく、これらの問題へ、当時の社会は当時の社会なりの対応策をもっていたのだと思う。
 
 後藤さんがこれからの暮らしに、不安にもって当然だ。
 販売のためのパンフレットやモデル見学でなく、実際に何年も何十年も介護付き高齢者向け住宅に住むのが快適なのか、そうでないのか、現実の社会ではまだ答えは出ていないのだ。一人暮らしや家族との同居をせずに、老人ホームに入るのが、「老老介護」や「子どもが親の介護のために職を失う」よりはましだというだけは、はっきりしている。
 ドキュメンタリーテレビ番組で私が観たかぎりでは、高級サ高住に実際住んでいる人々は、そこの施設に満足し、快適に暮らしているようだったが、なかには不満げな人もいたし、暗く寂しい表情を浮かべる人もいた。