新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第373~376回2019/6/21~6/24 朝日新聞

 亡き父のことを偲ぶ、姉と弟。
 その姉と弟は、既に二人ともに孫のいる年齢になっている。姉が口にし続けていた父への激しい憎しみは、消えてしまっている。いや、憎しみが消えたのではなくて、姉には元々心の底からの憎しみなどなかったのだと思う。
 姉には、父との良い思い出と悪い思い出の両方があったはずだ。その良い思い出は、姉の中に残り続けていた。でも、母のことを思って、姉は自分でその良い思い出、父を懐かしむ思い出を無理やり押さえつけていたのだろうと思う。
 母の涙と言葉によって、母の真情を姉は知ることができた。
 そして、洋一郎は、母と姉の真情を知ることができた。

 小雪さんや神田さんと、さらに川端さんや田辺さん親子、さらにさらに言うなら真知子さんとも、私は父を通じて出会った。出会ったときには父はもうこの世にいなかったのに、あの人たちを通じて、父の存在は私の中でどんどん大きくなってきた。これも、ひこばえなのだろう。(373回)
 
 父の死は、父に関係のあった人たちと息子洋一郎を出会わせた。 

 姉は「優しいじゃない、洋ちゃん」と笑ったあと、ふっと真顔になって言った。

「お父さん、喜んでるよ、絶対に」(376回)

 そして、父の死は遺された家族の心を解きほぐし、結びつけたのだと感じる。