新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第432~449回2019/8/21~9/7 朝日新聞

 この小説の山場の章だ。展開は速いし、楽しめた。
 後藤さん父子のことが描かれている間、「では、親父と息子の良い関係とは?」と考えていたが、答えは簡単そうで見つからなかった。それが、この章で示されていた。親父が息子を叱る、この行為と心情が、良き父子関係の土台だったのだ。
 なるほど、忘れていた視点だった。


 その瞬間、私の脳裏に一人の男性の顔が不意に、くっきりと浮かんだ。

 三十代半ばの――父だ。

 腕組みをして、怖い顔で、まだ小学生になったかどうかの私をにらんでいた。

 イタズラだろうか。嘘(うそ)でもついてしまったのか。とにかく父に叱られていた。

 私は謝った。べそをかきながら、「ごめんなさい、もうしません」と言った。

 すると、父は「よし」と言って、笑顔になった。許してもらって涙が止まらなくなった私の頭を手で乱暴に撫(な)でながら「いい子だ、洋一郎、おまえはいい子だ」とうれしそうに言ってくれた。

 五十五歳の私が、やっと父に会えた。(436回)

 この感覚の大切さを、忘れていた。その意味でも、後藤さんと将也さんが会う場面を美しいと感じた。
 しかし、納得いかないものも残る。立派なことを言っている神田さんは、この父子関係の更に土台となるべき家族を持つことを拒否していた人だ。また、今日の後藤さん父子の再会のきっかけとなった真知子さん本人の家族関係が全く感じられない。この辺は、物足りない。