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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 新聞連載小説 金原ひとみ作 クラウドガール の感想

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第112回2016/12/25

 母の死の詳細については、杏の回想でしか描かれていない。
 理有から、母の死について詳しく話されたのは、前回(111回)だけだ。
 父は、理有とのスカイプで次のように言っていた。

「ユリカは病気だった。それで、ユリカの病気にも死にも、理有は関係ないんだよ。」(52回)

 杏は、晴臣に、母は心筋梗塞で死んだと言って(31回)いた。理有は、光也に母は心筋梗塞で亡くなったと言って(24回)いた。 
 こうやって見ると、母が自殺だったことは、杏の記憶でしかない。母が心筋梗塞で亡くなったのだとしたら、理有の言う通り、杏は自分の記憶を改ざんしていたことになる。しかし、杏の記憶は、母の死の場面だけではない。死の翌日の理有の言葉を記憶している。

「普通はこのタイミングで納棺しない」(41回)

 こういう姉の言葉まで、改ざんした記憶に残るだろうか、疑問だ。ただし、こういうことに気づく理有も鋭敏過ぎるとは思うが。

 杏は、またパニック発作を起こしそうだ。杏がパニック発作を初めて経験したのは、広岡さんから「何か、夢ある?」と聞かれ、次のような思いが浮かんだ時だった。

ママはいない。理有ちゃんとママと私の三人で暮らすことはもう出来ない。(62回)

 杏が最も恐れていることが、上の文に凝縮されているのだろう。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第111回2016/12/24

 理有の言うように、母の死が心筋梗塞だったら、杏の記憶改ざんは、異常で病的なものだ。理有は、杏の思考をおかしいと批判はしているが、杏に病的なところがあるとは今まで思っていない。
 母の死によって、杏の精神が異常をきたしたとも考えられる。だが、杏の独特な感性は、母の死にかかわらずに幼いことからのものであったと描かれていた。また、杏のパニック発作も、広岡さんの美容室で初めて起こったとされている。
 
 理有が記憶を改ざんしたとするのは、可能性はある。

 だが、それよりも可能性が高いのは、理有が意図的に嘘をついている場合だと思う。理有が、嘘をつくとしたら、杏と別の人生を生きようとするためだろう。母の死について、杏と秘密を共有したままでは、姉妹は離れられない。 
 理有が妹と根底から別れようとするなら、母の死についての二人の秘密をなんらかの方法で処理しなければならないのだろう。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第108・109回2016/12/21・22 追加

 なるほどと思った。

病気をして人格が変わる人がいるというのも、考えてみれば当然の話だ。体が変わるということは、その人の全てが変わるということに等しい。(108回)
 
 その通りだ。これは、病気だけでなく、体の変化全てに当てはまる。病気を克服するためには、心をしっかりともつことが大切という人がいるが、心と体を切り離してとらえていると、この考え方は危ないと思う。心は、体を支配するし、同時に体の影響を常に受けている。切り離して、考えること自体が間違いだと思う。
 杏がこう思っている設定になっているが、それは不自然だ。考えの中身も言い回しも、登場人物杏のものとしては、受け入れがたい。


「(略)杏が広岡さんの奥さんに慰謝料請求されたら私に払ってくれとか言うわけ?」(109回)

 不倫を世間から倫理的に追及されることは、昔ほどは過酷ではない。不倫が、相手の配偶者や子どもを傷つけることを、自分の責任とは感じない当事者がいるかもしれない。現代では、不倫に伴う一番のリスクは、慰謝料云々になっているのか。なるほどなあ。
 これは、理有の言葉だが、ここは不自然ではない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第109回2016/12/22

 今回を読んでホッとした。これが、姉妹の正常な関係だと思う。

 理有の言っていることは、一々もっともだ。それに対する杏の感じ方も納得できる。
 どちらが正しいかの問題ではなく、姉妹といえどもそれぞれに個性の違いがあり、利害関係もあるのだから、トラブルが起こればこうなるだろう。
 今までのように、理有が杏の面倒を見続けることの方が不自然だった。その不自然で特異な姉妹関係から理有が抜け出した原因は、どこにあるのだろうか。
 杏は、理有に対して、これからどういう態度を取っていくだろうか。今はまだ、晴臣に対しても、理有に対しても、広岡さんに対しても、杏の心が相変わらず揺れ動いているのを感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第108回2016/12/21

「既婚者じゃなきゃ晴臣くんと違って何の問題もなかったけど、杏(あん)が今してるのは不倫だよ」

 これは、どういうことだろう?不倫は、倫理的にしてはいけない行為、というのではないだろう。
 広岡の妻を傷つけるから、あるいは、広岡の子ども(56回)を不幸にするから、そのどちらかだと思う。そして、それは単に広岡と杏のことではないような気がする。


「理有ちゃん、広岡さんのことどう思ってるの?」

 杏が、理有と広岡のことを疑った(56回)のにはほとんど理由らしい理由がなかった。広岡に、直接姉との関係を聞いた時(100回)も、広岡自身に否定されている。それでも、杏は理有を疑っている。
 杏は、「おさるさん」(88回)なのに、迷うし、しつこい。このしつこさは、理有にもあると感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第107回2016/12/20

 杏は、自分のマンションに戻っただけでなく、理有への反発を弱めているようだ。同時に、広岡さんへの思いがすでに冷めてきているような気配もある。

 杏のことを愛しているのは、祖父母であり、理有であり、晴臣だ。そして、それぞれにその愛が届かない。
 祖父母は、杏とは住む世界が違い過ぎる。晴臣は、杏のために自分の行動をコントロールできないので、愛しているのに行動では裏切ってしまう。
 理有と杏は、母の存在があってはじめて成立する関係だと思う。だから、母が死んだ今は、互いが変わらなければ、互いの愛は届かないと思う。
 
 杏には、若い生命力が感じられない。強い寂しさだけを感じる。理有には、杏よりももっと強い寂しさと絶望感を感じる。

 この作品の登場人物に、祖父母以外では年齢や経験を感じない。父は理有といつも対等に話している。広岡は、杏や理有と比べれば、大人の狡さや賢さをもっているはずだが、それは出てきていない。杏と晴臣も今の若者の行動面の特徴が描かれているだけで、成長過程にある心身は描かれていないように思う。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第106回2016/12/19

 広岡さんの浮気が奥さんにばれるかもしれない、と思う杏の思い方に、ある意味感心した。
 浮気がばれたら広岡さんが困るだろう、なんていう気遣いはこれっぽちもない。それに、晴臣の浮気相手には、怒りまくったのに、自分が妻帯者の浮気相手になっているのには、悪びれる様子は微塵もない。

 杏には、広岡さんしかすがる人はいないし、夢中になっているようなのにどこか冷めた所もある。

三日一緒にいて分かったのは、広岡さんはそっけない態度をとりながら、案外こういうやり取りを楽しんでいるということだ。

 母のことも姉のことも知っている広岡は、十六の妹である杏をこれからどうしようというのか。晴臣とは違う男の情けなさが、広岡に描かれていくのか。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第105回2016/12/18

 杏と広岡がベッドに一緒にいるのを見て、理有はショックと怒りで我を失った。(97回)その理由が分かったような気がする。
 既婚者の広岡が十六歳の妹と寝たことだけを怒っているのではない。母と自分に関わりのある男が妹と寝たことを怒っている。さらに、広岡には、母と理有の美容師という以上の何かがあるのかもしれない。理有は、広岡についてまだ明らかになっていないことを知っているのではないか。

 小説の冒頭で、杏は晴臣と別れた。晴臣と別れたタイミングで、理有が戻って来た。そして、晴臣とよりを戻した。
 今の杏は、理有に反発している。晴臣のことを拒否している。広岡だけが杏にとっての拠り所だ。そして、この三日間のふらふら渡り歩くような行動はもう止めようとしている。
 杏には、既成の倫理観も過去から現在へのつながりも通用しない。そんな杏だから、理有に許してもらおうとしたり、晴臣に復讐しようとしたりはしないだろう。さて、これから杏は何を考え、どう行動するだろうか。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第104回2016/12/17

 理有の謎。
1.母と同じ美容師に髪を切ってもらおうと思ったわけ。
2.母が四年前に死んでいると言ったわけ。
3.実際に母が死ぬ前も、死んでからも広岡がいる美容室に通い続けたわけ。

 私の予測
1.母への思い入れが強くて、母と同じ行動を取りたかった。あるいは、母の口から広岡のことが出て、広岡に興味を持った。
2.広岡には、母のいない娘であると思わせておきたかった。あるいは、理有の心の中で、母が死んだ存在になるような何かがあった。
3.広岡のどこかに、理有は惹きつけられていた。
 ユリカと広岡の関係を疑うこともできる。が、それなら広岡が、杏にユリカのことをあっけなく明かすのは不自然だ。


黙って頷(うなず)きながら、すとんと、何かが体という筒の中を通って地面に滑り落ちたような気がした。そしてすぐに、滑り落ちた分の空白感が襲ってきた。

 杏は、それまで意識しなかった何か重いことを感覚的につかんだのか。

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