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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 新聞連載小説 金原ひとみ作 クラウドガール の感想

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第108回2016/12/21

「既婚者じゃなきゃ晴臣くんと違って何の問題もなかったけど、杏(あん)が今してるのは不倫だよ」

 これは、どういうことだろう?不倫は、倫理的にしてはいけない行為、というのではないだろう。
 広岡の妻を傷つけるから、あるいは、広岡の子ども(56回)を不幸にするから、そのどちらかだと思う。そして、それは単に広岡と杏のことではないような気がする。


「理有ちゃん、広岡さんのことどう思ってるの?」

 杏が、理有と広岡のことを疑った(56回)のにはほとんど理由らしい理由がなかった。広岡に、直接姉との関係を聞いた時(100回)も、広岡自身に否定されている。それでも、杏は理有を疑っている。
 杏は、「おさるさん」(88回)なのに、迷うし、しつこい。このしつこさは、理有にもあると感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第107回2016/12/20

 杏は、自分のマンションに戻っただけでなく、理有への反発を弱めているようだ。同時に、広岡さんへの思いがすでに冷めてきているような気配もある。

 杏のことを愛しているのは、祖父母であり、理有であり、晴臣だ。そして、それぞれにその愛が届かない。
 祖父母は、杏とは住む世界が違い過ぎる。晴臣は、杏のために自分の行動をコントロールできないので、愛しているのに行動では裏切ってしまう。
 理有と杏は、母の存在があってはじめて成立する関係だと思う。だから、母が死んだ今は、互いが変わらなければ、互いの愛は届かないと思う。
 
 杏には、若い生命力が感じられない。強い寂しさだけを感じる。理有には、杏よりももっと強い寂しさと絶望感を感じる。

 この作品の登場人物に、祖父母以外では年齢や経験を感じない。父は理有といつも対等に話している。広岡は、杏や理有と比べれば、大人の狡さや賢さをもっているはずだが、それは出てきていない。杏と晴臣も今の若者の行動面の特徴が描かれているだけで、成長過程にある心身は描かれていないように思う。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第106回2016/12/19

 広岡さんの浮気が奥さんにばれるかもしれない、と思う杏の思い方に、ある意味感心した。
 浮気がばれたら広岡さんが困るだろう、なんていう気遣いはこれっぽちもない。それに、晴臣の浮気相手には、怒りまくったのに、自分が妻帯者の浮気相手になっているのには、悪びれる様子は微塵もない。

 杏には、広岡さんしかすがる人はいないし、夢中になっているようなのにどこか冷めた所もある。

三日一緒にいて分かったのは、広岡さんはそっけない態度をとりながら、案外こういうやり取りを楽しんでいるということだ。

 母のことも姉のことも知っている広岡は、十六の妹である杏をこれからどうしようというのか。晴臣とは違う男の情けなさが、広岡に描かれていくのか。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第105回2016/12/18

 杏と広岡がベッドに一緒にいるのを見て、理有はショックと怒りで我を失った。(97回)その理由が分かったような気がする。
 既婚者の広岡が十六歳の妹と寝たことだけを怒っているのではない。母と自分に関わりのある男が妹と寝たことを怒っている。さらに、広岡には、母と理有の美容師という以上の何かがあるのかもしれない。理有は、広岡についてまだ明らかになっていないことを知っているのではないか。

 小説の冒頭で、杏は晴臣と別れた。晴臣と別れたタイミングで、理有が戻って来た。そして、晴臣とよりを戻した。
 今の杏は、理有に反発している。晴臣のことを拒否している。広岡だけが杏にとっての拠り所だ。そして、この三日間のふらふら渡り歩くような行動はもう止めようとしている。
 杏には、既成の倫理観も過去から現在へのつながりも通用しない。そんな杏だから、理有に許してもらおうとしたり、晴臣に復讐しようとしたりはしないだろう。さて、これから杏は何を考え、どう行動するだろうか。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第104回2016/12/17

 理有の謎。
1.母と同じ美容師に髪を切ってもらおうと思ったわけ。
2.母が四年前に死んでいると言ったわけ。
3.実際に母が死ぬ前も、死んでからも広岡がいる美容室に通い続けたわけ。

 私の予測
1.母への思い入れが強くて、母と同じ行動を取りたかった。あるいは、母の口から広岡のことが出て、広岡に興味を持った。
2.広岡には、母のいない娘であると思わせておきたかった。あるいは、理有の心の中で、母が死んだ存在になるような何かがあった。
3.広岡のどこかに、理有は惹きつけられていた。
 ユリカと広岡の関係を疑うこともできる。が、それなら広岡が、杏にユリカのことをあっけなく明かすのは不自然だ。


黙って頷(うなず)きながら、すとんと、何かが体という筒の中を通って地面に滑り落ちたような気がした。そしてすぐに、滑り落ちた分の空白感が襲ってきた。

 杏は、それまで意識しなかった何か重いことを感覚的につかんだのか。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第103回2016/12/16

 シニカルな話し方が徹底している。どんなものでもシニカルに見ているのだろう。理有の考えていることをなんとなく察していた。杏のパニック発作を冷静に鎮めた。晴臣の浮気で、自暴自棄になった杏の面倒を見た。元ヤンの雰囲気とがさつさを見せる。そして、ゲスで倫理観のないクズだ。
 それが、広岡だ。彼は、母ユリカにも関わっていたのだ。
 理有からではなく、広岡本人から母ユリカを知っていたことが読者に明かされた。理有からでないところに、何か小説の設定上の仕掛けがあるのだろう。

 ユリカと理有が二人とも広岡に髪を切ってもらっていた時期があるということのようだ。そうだとすると、理有は、母ユリカには秘密にしたままで、母と同じ美容室に行っていたことになる。その理由は?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第102回2016/12/15

 杏には、時折心理分析のような考えが浮かんでくる。セックスと恋愛のこともそうだ。
 次の言葉も、会話の流れでいけば、広岡の意図を察して、ずいぶんと理知的な反応をしている。

「別に私卑屈になってないよ」

 一方、広岡も心理分析的なことを言っている。

「好きじゃない人に何言われても平気だけど、好きな人に言われると傷つくだろ。だから普通ちょっと怖いもんなんじゃねえの、好きな人って」

 広岡のこの言葉は当たっているだろう。杏は、理有を好きだし、理有を頼りにし切っていたし、理有に怖さも感じているのだろう。
 杏が、理有に反発しだしたのは光也のせいだと思っていたようだが、杏には見えていないもっと別の要素があると思う。

 広岡が、なぜ杏の面倒を見て、なぜ杏と寝たのか、まだ分からない。寝たのは、単純に誘われたからというだけかもしれないなあ。
 最後の会話の続きが楽しみだ。最近、毎回のつながりに巧みさを感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第101回2016/12/14

 なんだか訳のわかんないやつばかり登場する。特にこの小説に出てくる男性はとらえどころがない。
 広岡は、理有が思うように「倫理の欠如したクズ」(97回)に違いない。でも、広岡がいなければ、杏はもっと転落していっただろう。なぜ、広岡が杏の面倒をみたかはまだ分からないが、杏の体だけが目的だったとも思えない。

 姉妹の父も光也も、姉妹にとってどういう存在なのか、不安定だ。

 この小説で、描かれていることがだんだんに見えてきた。それは、人は多面的な存在であり、人は他の人との関係性の中で本質を見せていくということだと思う。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第100回2016/12/13

 私は、普段はこの語を使わないし、自分の状態や心境をこの語で表したことがない。ところが、この作品を読み継いでいると、ついこの語が出て来てしまう。知人との会話でうっかりと使ってしまったら、知人にぎょとした顔をされた。

この好意だけが晴臣という地獄から這(は)い出すための命綱だと思うと、

 その語は、「地獄」だ。
 杏は、晴臣とよりを戻しても、広岡とくっついても「地獄」だと感じる。

 もうひとつ気になった表現がある。

そう言う広岡さんのゲスさに一瞬、強烈に胸が動かされる。

 
広岡のこの問いは、「ゲス」という語でしか表せない。杏の心が、「一瞬」反応している所に、彼女の今の状態が表れている。
 
 杏は、理有にも、晴臣にも、広岡にも、誰にも依存しないで進まなければ、「地獄」から抜け出せないと思う。

朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第99回2016/12/11 追加

 この小説の登場人物相互の関係性がおもしろい。杏と晴臣、理有と光也、母と姉妹、父と姉妹、祖父母と姉妹、広岡と姉妹、そして、理有と杏。ストーリーではなく、人間の関係性が描かれている。
 私にとってわかりやすいのは、祖父母と姉妹の関係性だ。孫を愛し、心から心配しながらも、結局どうしてよいかわからない祖父母。祖父母の気持ちを理解し、共感しながらも、心を打ち明けることのない理有。こういう様子がしっかりと見つめられている。
 これから、登場人物の人間関係が、より深く描かれていくと感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第99回2016/12/11

 前回の最後の部分は、理有が出て行った後の広岡と杏の会話だった。
 広岡と杏に三日間一緒だった様子がない。だとすると、杏が晴臣の浮気を見てから三日経っている(97回)ので、今までの二日間杏がどこにいたのか、まだ謎だ。

 杏の次の思いは、読者にとっても不思議だ。

私と理有ちゃんの関係性は、一体どこからどうやって発生したのだろう。

 姉妹というだけでこうはならないだろう。母親が我が子を愛せないというだけでもないような気がする。

 
 理有は、杏の精神構造を非難しながらも、杏が生まれた時から次のようにとらえていた。

私たちは二人で生きてきた。あらゆることを、二人で乗り越えてきたはずだった。(98回)

 一方、杏は、理有との関係性を次のようにとらえている。

ずっと理有ちゃんと二人で生きてきたと思っていた。(略)私の隣にはいつも理有ちゃんがいて、いつも理有ちゃんが大丈夫?寒くない?暑くない?何かあった?何が食べたい?学校はどう?ちゃんと勉強してる?そうやっていつも私のことを確認してくれていた。(77回)

 それぞれのとらえ方には、共通な部分と違う部分が同居していると感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第98回2016/12/10

 今回の晴臣の浮気から始まったことは、結果的に理有に重いショックを与えた。杏には、晴臣とのことも、広岡との不倫現場に踏み込まれたことも、それほど重くないような気がする。
 立ち直れなそうもない嫌悪感から理有を救いそうなのは、光也だ。光也のスマホでのやり取りを読むと、今の若い人の「デリカシー」(93回)のあり方がよく分かる。

 理有と杏、二人だけの世界が壊れていく。と、同時に二人にはそれぞれの世界が始まるようだ。

 後半の文章は、広岡の呼び出しに理有が応じたときのことか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第97回2016/12/9 追加

 理有が怒るのはおかしい。
 妻帯者の広岡が十六歳の妹と寝ていたことに、理有はショックを受けた。だが、妹が高校生同士の同棲といえるような生活を送っていることにはこれほどのショックは受けていなかった。

この現実では、どんなに心配しても、どんなに真剣に考えていても、妹が倫理の欠如したクズと不倫し、私を邪魔者扱いするのだ。

 妹を心配しているときに、妹の不倫の現場に遭遇したのだから当然の感覚ではある。
 でも、あの夜、ママの部屋を覗き、そこから立ち去ったのも理有だ。広岡と杏に「最低」とつぶやく理有と、ママの死の夜の理有とがつながってこない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第97回2016/12/9

 当てもなく歩き出すが、晴臣の部屋の物を壊したときについた傷が痛み出す。病院へは行きたくないが、治療は必要だ。姉に連絡は取りたくない。パニック発作から救ってくれた広岡さんを思い出す。美容室に行くと、広岡さんは余計なことを聞かず、治療してくれた。そして、泊まる所を手配してくれた。

 こんな風なありきたりの話にはならないだろう。
 作者が杏の修羅場にどんなストーリーを展開するか、楽しみだ。

 それとも、ストーリーなどはそれほど重要ではないか。
 杏がどう感じ、どう行動したか、それだけに意味があるのかもしれない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第96回2016/12/8

 今回で、今までのいくつかのもやもやが消えそうだ。
 杏には、新しい登場人物が現れなければ、話を聞いてもらえる人は彼しかいない。杏が広岡をいい人だと思っていることは分かっていた。
 広岡が、杏に自分と同じものを感じていること(65回)も出てきていた。
 
 93回から繰り返し描かれていた杏の思考については、杏のこの行動の予告の意味もあったのか。そうだとすると、杏は晴臣への当てつけや、うっぷん晴らしのために、広岡と寝たわけではない。
 
 広岡の言葉は、言い訳なのだろうか。

「俺は誘われたんだよ」

言い訳だとすると、広岡の今までの言動と結びつかない。

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