本屋のとなりは写真館

朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 新聞連載小説 吉田修一作 国宝 の感想

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第278回2017/10/20

 弁天は、度々登場するが、登場人物としては重要ではないと思う。狂言回しとして、筋の運びをする役柄だ。弁天が登場した最初は、春江に声をかけた場面だった。そうなると、今回の登場は、春江の物語が始まることを期待してしまう。

 私の予想274回感想その2はほとんど外れたが、特に春江と彰子については大外れだった。それほど、凡人の読者にとっては意外な展開だった。
 春江の今までは、この小説の登場人物中で最も波乱に満ちているといえる。長崎の街娼、大阪のクラブの売れっ子、俊介と失踪、復活した俊介を支える梨園の女将、これだけでもその浮き沈みは、主人公喜久雄を上回る。さらに、喜久雄から俊介へと「旦那」を変え、今や丹波屋の跡取り一豊の母だ。
 何が、春江にこのような生き方をさせているのだろう?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第284回2017/10/19

 万菊は、喜久雄と俊介をとことん競わせ、二人ともに辛い思いをたっぷりと味わわせると思う。
 万菊は、俊介のことを歌舞伎界の大切な大切な後継者と思っているだろう。そして、喜久雄にはその美しさを超える芸を身に付けさせたいと思っているだろう。
 そう思えば、思うほどどちらかが潰れてもよいくらいの過酷な稽古をつけると思う。それは、白虎が二人に対してやったことでもある。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第283回2017/10/18

 小野川万菊の今までの言動
①喜久雄と初対面の時に、その美しい顔が邪魔になると助言した。
②梅木社長が喜久雄の後ろ盾を依頼した時には、断った。
③見世物小屋で俊介の芸を観た時には、俊介の歌舞伎への憎しみを見抜いた。
④俊介復帰の後ろ盾になった。ただし、万菊は俊介を復帰させ引き立てているようで、『娘道成寺』では、自分の芸を目立たたせるために俊介と共演したともとれる。

 「痩せ蛙」は、喜久雄のことであろう。そして、「痩せ蛙」の喜久雄に、先に稽古をつけている。喜久雄にも万菊が稽古をつけることを、俊介は知らなかったのではないか。そうだとすると、これはかなりのショックを俊介に与えるはずだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第282回2017/10/17

 喜久雄は、幸子に言われて、一度襲名を断ろうとした。また、死を前にした白虎が、俊介の名を呼んだ場面にいた。そして、俊介が戻って来た丹波屋をあさっりと去っていた。
 それなのに、「花井半二郎」の名を背負い続けたいと思う気持ちが、まだよく分からない。

 俊介は、万菊と共演した復帰の舞台の後も順調に主役を勤めていた。だが、万菊との舞台には満足していないようだった。また、松野という男の存在が不安を感じさせる。

 喜久雄は、彰子を騙した。その彰子に、思いがけない方法で救われて、新派にいる。
 俊介は、竹野と万菊に救われた。竹野の策略で、喜久雄を悪者とすることによって、人気を得ている。
 二人ともが、本人同士の気持ちとは裏腹に、対立関係だけが騒がれている気がする。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第281回2017/10/16

 次々に主演として舞台に上がり、人気も上々だ。別に好感度を求めてはいないので、陰のあるイメージも邪魔になるどころか、かえって好都合だろう。
 新派ではあるが、舞台上で役者として恍惚感さえ味わっている。
 そんな喜久雄がこれ以上求めるものがあるのか。
 いい役もつかず、千五郎の後ろ盾も得られず、徳次に愛想尽かしをされそうになった時と比べるならば、新派で観客を魅了する今の喜久雄は、なんの不満もないはずだ。


 喜久雄の運命が好転していくストーリーは、かいつまんで書かれているに過ぎない。
 俊介の復活後のストーリーは、ほとんど書かれてさえいない。
 この二人、歌舞伎と新派でそれぞれ活躍できるようになったが、二人ともが現状に満足はしていないと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第280回2017/10/15

 徳次が今までとは違う何かをやるという予兆は見えていた。第十章「怪猫」の前半辺りから、徳次の動きが今までは違っていた。234回感想 しかし、喜久雄を殴り、叱りつけるとは!

 彰子の登場は、この女が重要な役割を持つことを予想させた。(250回)しかし、その彰子が喜久雄の世話をやり通すとは!
 歌舞伎役者には、役者を支える女房の存在が不可欠なことと、市駒は役者の女房にはならない233回感想ことに、気づいていた。だが、それを、女子大生でお嬢さん育ちのように描かれていた彰子がやるとは、いひょうを突く筋立てだ。


 (略)本来の喜久雄が持つ主役としてのカリスマが溢(あふ)れ出した(略)

 これが、喜久雄の魅力なのだ。そして、この喜久雄本来の「カリスマ」は、大御所の歌舞伎役者と俊介にとっては、脅威なのではないか。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第279回2017/10/14

その一
 意外な方向へ進んだ。喜久雄が歌舞伎以外で新境地を開くとしたら、テレビか映画だろうと思っていた。
 吾妻千五郎の反応も意外だった。彰子と喜久雄のことを隠し通すか、彰子の言いなりになるかだと思っていた。

その二
 俊介と喜久雄の間に今までにないライバル心を感じる。単に好敵手というだけでなく、どうしても勝ち負けの決着をつけなければならない対戦者同士になっている。
 同じ演目の同じ役で、俊介と喜久雄は、芸の優劣、人気のあるなしを争うことになった。

その三
 丹波屋に戻り、我が子一豊に初舞台を踏ませた俊介なのだが、なんとなく不安な影を感じる。彰子と共に暮らし、役者廃業寸前を救われた喜久雄なのだが、望むような役者の道を進んでいる感じがしない。

 代役と襲名を、喜久雄が手にした。春江と復帰後の舞台の評判を、俊介が手にした。そして、「八重垣姫」の役作りで、二人の間にはっきりとした勝ち負けがつくのだろうか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第278回2017/10/13

その一
 俊介と喜久雄は、その芸の土台となる稽古は共通であった。なんと言っても、二人の師匠は二代目半二郎であった。
 俊介が万菊に、喜久雄が歌舞伎以外の場で、それぞれ新しいものを身に付けたとしても、二人の芸の土台は同じだろうと思う。

その二
 端役にしかつけなかったが、喜久雄の芸に、万菊も鶴若も得体の知れないものを感じていたように思う。
 梅木社長は、他の歌舞伎役者にはない魅力を喜久雄が持っていることに気づいていた。鶴若も、それを感じ、喜久雄がその魅力を増すことに、怖れさえ感じていたのではないか。(182回) 182回感想
 そして、喜久雄自身も、自分の魅力に気づいていなかったと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第277回2017/10/12

 お勢は、「しょぼくれたお爺ちゃん」言っていた。
 春江は、苛立ちを隠さなかった。竹野は心配そうにしていた。
 
 人は見かけで判断すべきではないのでしょうが、これまで幸子が生きてきた世界では接点のなかったタイプの老人でございます。(269回)

 たとえ、旅回りの一座にいた者でも芸人なら接点はある。また、辻村のようなタイプの人とも接点はある。幸子と接点のなかったタイプの男、謎だ。

 今回でも、松野はいかにも貧相な外見ながら、いつもニコニコしている老人と描かれている。そして、俊介はそれとなくこの老人に気を遣っている。
 これだけ念入りにみすぼらしい様子の老人と書かれると、かえって、松野に外見とは真逆の本性や過去を疑ってしまう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第276回2017/10/11

 円満で安定した歌舞伎役者の家の場面だ。だが、そうとばかりもいっていられない。なぜなら、今は父となった俊介の小学生時代も、きっと、この時と同じようであっただろうから。
 一豊は、多くの人から可愛がられ、同年代の子には想像もできないほどの拍手を浴びる。だが、歌舞伎役者の子は、歌舞伎役者への厳しい道から外れることは許されないのだ。あっさり、諦めているかにみえる遠足にしても、自分以外の皆は行けるのにと思うとやり切れないに違いない。
 
 次回への期待が嫌が上も増す。「遠慮がちな男」は、誰か?
 前の章に一瞬登場した松野(269回)なる男か?だとすると、この男は、俊介や春江とどんな関係か?それとも喜久雄か?喜久雄だとすると、よほどの変わりようだ。彰子と喜久雄はどうなったのか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第275回2017/10/9

 「(略)朝から晩まで、こいつは舞台のことしか頭にねえんだよ。おまえが病気したって、いくら苦しくったって、いくら泣いてすがったって、こいつは舞台に上がるんだよ。おまえのことなんて……」
 
 吾妻千五郎のこの言葉が、歌舞伎役者の本質を言い表している。

 歌舞伎役者、白虎・二代目半二郎について思い返してみる。
視点1
①白虎の襲名披露の舞台で倒れ、その後舞台に戻ることなく死んだ。
②多額の借金を遺した。
③実の息子と和解できなかった。
④喜久雄には、実の父の死の真相を伝えなかった。

視点2
①倒れるまで、舞台に立ち続け、歌舞伎の発展のことだけに力を注いだ。
②喜久雄の才能を見抜き、我が子を差し置いて、喜久雄の芸を磨いた。
③喜久雄だけでなく、マツや徳次のことを陰から支えた。
④死の間際の叫びに、俊介への思いが表れていた。

視点3
①歌舞伎の舞台を観る楽しみがなければ、喜久雄とマツの生き方は違うものになっていたはずだ。
②歌舞伎は、時代を遡り、多くの人々、とりわけ庶民に夢の世界を提供し続けている。
③歌舞伎の伝統を守ってきたのは、時の政府や興行主ではなく、白虎のような歌舞伎役者だ。


 役者は、人気商売などと気軽に言ってしまうが、人々に楽しみを与えてきた功績は計り知れないと改めて思う。これは、歌舞伎だけでなく現代劇、映画、テレビ、全ての役者に言えることであろう。

予想1
 千五郎は、喜久雄を大役につける。三代目半二郎は、悪役としての世間のイメージを逆手に取って、この役で大いに注目される。

予想2
 喜久雄の人気が上がったこともあって、俊介のその後の公演はますます評判となる。

予想3
 彰子は、何事もなかったように婚約者と結婚する。

 春江が再び姿を消す。

予想4
 物語・小説の舞台は、観客・読者のいくつもの疑問を残しながら、転換する。
 次の幕・章は、三十代だった喜久雄と俊介の数十年後から始まる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第274回2017/10/8

 喜久雄は、冷静だ。
 外のクラクションの音も計算づくだ。

 吾妻千五郎は、喜久雄の狙いをすぐに察した。
 だが、今となってはもう対抗手段の打ちようがないことも理解している。

 朝に読んで、展開の意外さにびっくりした。同時に、喜久雄の策略をすんなりとは受け入れられなかった。

 策略で女を抱いたのも、喜久雄にとっては生まれて初めてのことでございます。

 それもこれも吾妻千五郎からの後ろ盾ほしさ。愛してはいない。しかし歌舞伎のためならば、彰子を愛せる。


 再読して、文章表現の細部が気になりだした。喜久雄の行為は、策略なのか愛なのか?少なくとも、金のためや自分の人気のためでないことは確かだ。
 喜久雄にとっての「歌舞伎のため」の底知れぬ深さを感じる。それは、俊介にとっても同じなのであろうか。

↑このページのトップヘ