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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 国宝 あらすじ 朝日新聞連載小説

『国宝』の特徴
①語り手の存在
 連載小説を読んでいるのに、まるで、舞台を観ているような気分になった。小説中のこととしても、できごととできごとのつながりや時間の経過が妙なところがあったが、舞台上で場が変わるような感じで、そこに違和感を感じなかった。それは、場面転換を「語り手」が行っていたからだ。
 また、歌舞伎の題目と舞台の描写にかなりの紙数が割かれているが、それもストーリーに溶け込んでいた。これも、「語り手」の役割であった。
 ただし、第一、二章くらいまでは、この「語り手」の存在や口調に慣れるのに時間を要した。

②昭和という時代背景
 「喜久雄」のような天才役者はともかくとして、「春江」や「市駒」像は、現代を舞台にした小説では不自然な面もある。それが、そう感じなかったのは、昭和という時代の描き方だったと思う。
 戦後復興もバブルも書かれていたが、昭和の明るい面は描かれていない。むしろ、アンダーグラウンドな昭和が描かれていた。
 民主主義、男女平等、所得倍増、個人尊重を謳歌したのが、昭和時代であった。だが、それは昭和の一面であった。昭和の明るさの陰には、戦中の傷跡から立ち直れなかった人、低所得の労働者、旧来の職業から抜け出せなかった人、戦前の家の考え方にしばられ続けた人などがいた、というのが正しい認識だと思う。
 「徳次」、「弁天」、「春江」、「市駒」は、まさに昭和時代の暗部で、その青春を過ごした人であったと感じる。だから、個性尊重や学校教育に無縁であっても、現代を生きている人物として受け止めることができたのだと思う。

 この小説は、あらためて、昭和という時代について考えるきっかけになった。

③最終回の後味
 劇場から出て行った「喜久雄」は、その後どうなったのか?
 中国から二十年ぶりに日本に帰った「男」を、「徳次」と書かなかったのはなぜか?
 読者に疑問を持たせたままに、『国宝』は終わった。

 「喜久雄」が「徳次」や周囲の人々の手厚い看護を受けて、長い治療と休養の後、正気を取り戻し、舞台に復活する。舞台に復活した「喜久雄」は、円熟を極めた演技を見せる。さらに、「一豊」をはじめとして後進の指導にあたり、歌舞伎界全体の発展に力を尽くす。
 中国で成功を収めた「徳次」は、その財力で「喜久雄」をますます支え、「綾乃」と「喜重」にも力添えをした。
 もしも、こんな風に『国宝』が終わったならば、それこそ、夢物語になってしまう。
 「喜久雄」が完璧を求めれば求めるほど、孤高の存在になるしか道はない。
 成功して、周囲が羨むような社長になるなら、「徳次」の仁侠の道は行き詰る。
 「喜久雄」が、他のどんな歌舞伎役者も及ばぬ究極の役者として存在するには、あの終わり方しかないのであろう。
 「徳次」が、いつまでも「喜久雄」へ忠義を尽くし、常に弱きを助け強きをくじく男でいるには、社長は似つかわしくないのであろう。

 「喜久雄」は、舞台と舞台の外の区別がつかなくなり、「徳次」は、中国で何をしているかわからぬままである。

 それでこそ、長崎の新年会で踊った「喜久雄」と「徳次」なのだ。
 「俊介」と自転車に二人乗りしている「喜久雄」なのだ。

国宝 あらすじ 第二十章 国宝 第476~500回 

 一豊は、三年に及んだ謹慎期間が明け、心機一転舞台復帰を果たす。また、舞台復帰の直後に、一豊は美緒というモデルと結婚する。
 一豊の舞台復帰も、人気のあったモデルとの結婚も、周囲が期待したほど世間の話題にはならなかった。復帰後の一豊は、人気もそれほどでもなく大きな役もつかない状態だった。
 しかし、一豊の妻となった美緒は、モデルという派手な職業をしていたにもかかわらず、庶民的で飾らぬ性格で、歌舞伎役者の女房として春江の教えに懸命に勤めている。(第十九章 錦鯉)

 依然として一豊にはいい役がつかないが、美緒が妊娠し、丹波屋に跡取りができるという明るいニュースがもたらされた。

 辻村将生の娘を名乗る女性から、喜久雄に電話があった。電話の内容は、長患いをしていた辻村の容態が悪くなり、「喜久雄に会いたい」と漏らすようなったというものであった。
 辻村は、八年に及ぶ刑期を終えて、その後、ほとんどゼロから土建屋を興した。その会社を、十年で一端の企業に育て上げた。そのころ、妻に先立たれ、自身も癌を発症し、その土建会社を譲り、東京に嫁いでいた娘を頼って、武蔵野の病院に入院していた。この三十年近く辻村は、一切喜久雄に連絡を取っていなかった。
 喜久雄は、一豊と共に辻村の入院している病院を訪れる。痩せた辻村が、喜久雄に言う。「おまえの親父を殺したとは、この俺ぞ」。
 五十年にもあいだ、秘されてきたこの真実を知らされた喜久雄の目に映るのは、その昔一緒に踊った徳次の顔であり、血潮に染まりながら、右に左に睨みを利かす父権五郎の姿であった。
 謝ろうとする辻村の手を握り、喜久雄は、「小父さん、もうよかよ。綾乃の言う通り、親父ば殺したんは、この俺かもしれん」と言った。

 喜久雄が、歌舞伎座の楽屋で『阿古屋』支度をしているころ、三つの出来事が起こっていた。
その一 
 三友の社長竹野の所に、重要無形文化財の指定及び保持者の認定に、喜久雄を答申した、という書類が届く。
その二
 『阿古屋』の開幕を待つ歌舞伎座に、綾乃が駆け込んできた。綾乃に気づいた春江がわけを聞くと、綾乃へ徳次からと思われるメモが留められた本日分の二人分のチケットが届いたのだと言う。しかし、綾乃の隣の席は空席のままだった。
その三
 中国の白河集団公司という中国で有数の大会社の社長が、渋滞の中、銀座へ向かっている。この社長は、二十年前中国に渡った日本人で、中国の経済発展の波に乗り、短期間で財を成した人物である。彼が、二十年ぶりに日本に戻ったのは、昔から贔屓にしている役者が日本の宝になる、という情報を得たからであるという。

 歌舞伎座では、『阿古屋』が幕を開け、観客は喜久雄の芸に魅了され、陶酔している。

 『阿古屋』の幕が引かれようとしたその瞬間、喜久雄の動きが本来の動きと違ってくる。
 まるで、雲のうえでも歩くように、喜久雄は舞台を降りる。喜久雄の動きに戸惑っていた観客たちも、気がつくと総立ちになり、通路をまっすぐに外へ向かう喜久雄の背中にこれ以上ない拍手とかけ声をかけていた。

国宝 あらすじ 第十八章 孤城落日 第426(2018/4/8)~450(5/3)回

 『藤娘』を舞う喜久雄の目の前に、舞台に上がってきた若い男性客が立つという事件が起こった。喜久雄はこの時に、舞台と客席にあるはずの何かが破れ落ちたという感覚にとらわれた。(第十八章)


 喜久雄は、当代随一の立女形と認められるようになっていた。
 その喜久雄と何度も共演している伊藤京之助が、『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)』の舞台上の喜久雄について、「誰か別人とやってるみたいだった」と不審に思う。このころ、同じ舞台に立つ他の役者たちも喜久雄の変化に気づいていた。しかし、喜久雄への遠慮もあり、京之助のように口に出す者はいなかった。

 喜久雄は、この『女殺油地獄』をやる三年前から舞台以外の芸能活動を一切受けなくなっていた。
 また、喜久雄は、一昨年には文化功労者の栄典にあずかり、「重要無形文化財保持者」、通称「人間国宝」の候補にも上がるようになっていた。

 次の場への出を待っている喜久雄に、孫の喜重が、自宅の火事で火傷を負ったという急報がもたらされる。気が気でなく、舞台を最後まで終えた喜久雄は、喜重が搬送された病院へ駆け付ける。病院の廊下で、綾乃が喜久雄を遮り、「お父ちゃんがエエ見みるたんびに、うちらが不幸になるやんか!」と叫ぶ。
 喜重の熱傷は経過もよく、本人も気丈にも笑顔を絶やすことがない。また、病院での出来事を詫びる綾乃の手紙が喜久雄に届く。

 京之助一門の追善公演で、喜久雄は六年ぶりに『藤娘』を舞う。このころの喜久雄の芸は、他の追随を許さぬのは当然ながら、孤高と呼ぶのも憚れぬような神々しさに満ちている。

 社長の竹野が、久しぶりに喜久雄の舞台を観て、楽屋で喜久雄と話をした。その竹野が、帰り際に、一豊に言う。
「ありゃ、正気の人間の目じゃねえよ‥‥。なあ、いつから‥‥」
 一豊が答える。
「『藤娘』です‥‥。舞台に客が上がってきた‥‥、あのあとからです」
(第十九章 錦鯉 24 474回)

国宝 あらすじ 第十八章 孤城落日 第426(2018/3/14)~450(4/7)回
 
 喜久雄は、亡くなった俊介から息子一豊(二代目花井半弥)の面倒を見ることを頼まれていた。喜久雄は、俊介に頼まれるまでもなく、一豊の後見人となることを心に決めていた。だが、俊介亡きあとの一豊の舞台に取り組む姿勢は、喜久雄を満足させるものではなかった。(第十七章)

 当代の若手歌舞伎役者が一堂に会する新春花形歌舞伎で、一豊は『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』の和尚吉三をやっている。
 その一豊が、泣きながら、自分の運転で人を撥ねた、と春江に言う。それを聞いた春江は、近所に住まわせていた松野の部屋へ駆け込む。そして、松野に、「いっぺんくらい、うちのために働いてえな!一豊が人撥ねてしもた。そこで‥‥」と言う。松野は、「その車運転してたん俺や」と答える。無言で着替え始めた松野の姿を呆然と眺めながら、春江に、もしかするとこれで一豊が助かるかもしれないという期待が浮かぶ。
 ふと憑き物が落ちたように春江は立ち上がり、一豊が人を撥ねたという公園へ駆け出す。その公園には、救急車と警察官に囲まれた一豊の姿があった。

 一豊が人を撥ね、一旦はその場から逃げたが、すぐ現場に戻ったこと、被害者は命に別状はないこと、などが寝ていた喜久雄に知らされる。知らせを受けた喜久雄は、三友の社長竹野の指示で社長とともに、一豊が起こした轢き逃げ事故について謝罪の記者会見を行う準備に入る。
 謝罪の記者会見と同時に、三友側と後見人の喜久雄は、一豊を無期限の謹慎にする決定を下す。
 その謝罪会見で、深々と頭を下げる喜久雄の姿が皮肉にも世間に好感を与える。
 被害者である学生は、事故の怪我から順調に回復した。また、事あるごとに見舞いを重ねていた喜久雄は、学生やその両親から逆に恐縮されほどであった。裁判では、被害者の学生本人が過失を認めてくれたので、一豊は有罪とはいえ、執行猶予がついた。


 一豊が起こした事故の件が一応の結果を見たあと、喜久雄が取り組んだのが『沓手島孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』の淀の方の役である。この役への喜久雄の意気込みは相当なもので、その演技は、「三代目半二郎が歌舞伎を超えた」とまで、世間を賑せ、世界的な賞賛を受ける。
 舞台の評価が高まれば高まるほど、喜久雄は孤高の存在になっていき、まるで喜久雄の楽屋だけが異世界にあるような雰囲気さえ醸し出すようになる。
 このころから、喜久雄は、舞台以外の生活で、奇妙ともいえる行動を見せ、妻の彰子を心配させるようになった。

国宝 あらすじ 第十七章 五代目花井白虎 第401~425回

 俊介は、残った片足をも切断せねばならなかった。
 両脚を失うことを突き付けられて、舞台復帰に絶望していた俊介に、「俊ぼん、旦那さん(先代白虎)はな、最後の最後まで舞台に立ってたよ」と喜久雄は言う。(第十六章)

 両脚を失い、義足に慣れるためのリハビリに励む俊介が、喜久雄の楽屋を訪れる。俊介は、舞台に戻りたい、その復活の舞台の演目は『隅田川』で、班女の前は自分が演じ、舟人を喜久雄にやってほしい、と相談する。
 喜久雄は、今の俊介の状態では無理であると思いながらも、俊介の糖尿病が悪化していることも知っていたので、「なんでもやるから、連絡しろよ」と返事をする。

 俊介は、『隅田川』の稽古に喜久雄との二人三脚で必死で取り組む。しかし、俊介の体調は日を増すごとに悪くなっているのが明らかで、それを喜久雄も春江もよく知っている。
 復帰公演となる『隅田川』の初日は、どうにか開いたというのが妥当だった。しかし、初日の幕が上がってみると、これまでにない新解釈の『隅田川』は、絶賛の拍手を受ける。それは、両脚を失った役者の演技が同情されるのではなく、舞台から溢れ出てくる子を失った女(俊介演じる班女の前)の悲しみに対してのものであった。
 千穐楽の三日まえには花道で立てなくなる醜態もあった俊介だが、まさに気力だけで一ヵ月公演を勤め上げた。
 この復活公演のあと、俊介は緊急入院、そして、喜久雄が借りてやった鎌倉の別荘で長期療養となる。その俊介に、先般の『隅田川』の演技に対して日本芸術院賞の受賞が知らされた。春江と病床の俊介は、手を取り合って受賞を喜んだ。 
 俊介は、なんとか体調を整え、授賞式に車椅子で参加することができた。
 
 『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』をやっている喜久雄に、俊介の病状の悪化が知らされる。そして、舞台への出を待つ喜久雄に、俊介が亡くなったとの知らせが届く。
 喜久雄は、出会ったばかりころの俊介と自分を思い出しながら、舞台を勤める。舞台を勤めながら、今は亡き人となった俊介に、演技の相談をする喜久雄だった。
 「なあ、俊ぼん、ここなんやけどな、もうちょい右足まえに出したほうが迫力出るような気ぃすんねんけど、どない思う?‥‥なあ、俊ぼん」

国宝 あらすじ 第十六章 巨星墜つ 376(2018/1/22)~400回(2/16)

 小野川万菊の通夜が行われた。
 万菊は、俊介の襲名披露公演で姿を見せてからほどなく公けの場に姿を見せなくなった。姿を見せないだけでなく、身内の者も寄せ付けなくなった。
 万菊は、自宅のマンションで一人で暮らし、その部屋はゴミだらけになっていた。三友側がすぐに、マンションを片付けさせ、万菊を無理やり病院に連れていった。病院の検査では、認知症もなく、九十歳にしては健康であった。その直後に、万菊は体一つで出奔してしまった。
 その万菊が亡骸となって発見されたのは、ドヤ街の安旅館の一室であった。なぜ、万菊がこのような場末の安旅館で華やかな歌舞伎役者人生の最期を過ごしたか、その理由は謎である。
 ただ、この宿の同宿者たちの話によると、万菊は、この安宿の部屋で暮らすことに『‥‥ここにゃ美しいもんが一つもないだろ。妙に落ち着くんだよ。なんだか、ほっとすんのよ。もういいんだよって、誰かに、やっと言ってもらえたみいでさ』と、話していたという。
 昼になっても、顔を出さない菊さん(万菊)のことを不審に思った宿の主人が部屋へ行ってみると、万菊は美しく白粉を塗り紅を差した顔で眠っているように見え、体は冷たくなっていた。

 綾乃が、喜久雄を呼び出し、結婚したい相手を紹介する。その相手とは、大関大雷である。さらに、綾乃は子を宿していることも告げ、三代目花井半二郎の娘としてお嫁に行かせてほしいと頼む。
 彰子の勧めもあり、喜久雄は、綾乃の結婚と父親として披露宴に出ることを承諾する。

 喜久雄の『阿古屋』の舞台が開く。
 女形の超難役、阿古屋に三代目花井半二郎がいよいよ挑むとの前評判も高く、初日から連日の大入りとなる。舞台は、観客の反応もよく、劇評も近年にない高評価となる。

 俊介の『女蜘』の舞台は評判となる。それが、きっかけとなり、テレビの連続ドラマ『女蜘』への出演が決まる。これも、今までにないテレビ時代劇として大評判となる。時代の顔となった俊介は、多忙を極める。地方公演の歌舞伎の舞台で、俊介は足をもつれさせ客席へと転げ落ちてしまう。なんとか、その場を取り繕って舞台を終えた俊介は、病院へ運ばれる。
 医師の診断は、重篤な状態で、右足先が壊死している、というものであった。
 東京へ戻って、俊介は、右脚切断の手術を受ける。
 右足を失った俊介は、舞台復帰を目指して、リハビリに懸命に取り組む。

 綾乃と大雷関の大規模な結婚披露宴が行われる。綾乃が嫡出子でないという事実で堅苦しかった会場の雰囲気も、弁天の笑いをまじえた挨拶で変わり、披露宴は感動的なものになった。
 手術後初めての公けの場となる披露宴に、義足をつけて出て来た俊介は、しっかりと自分の足で歩き、喜久雄は元より歌舞伎関係者たちは、彼の復活を信じた。
 
 大雷関の横綱昇進が決まり、綾乃は元気な女の子を産み、その子は喜重(さえ)と名付けられる。

 俊介は、『与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)』で、歌舞伎の舞台に復活し、「奇跡の復活劇」「義足の名優」と讃えられる。
 だが、復活を果たした俊介に、病院の検査の結果、左足も壊死していて、切らねばならないという診断が下された。

国宝 あらすじ 第十五章 韃靼の夢 第351(2017/12/27)~375(2018/1/21)回

春江のこと。
 春江は、同時襲名の準備で、若女将として、一豊の母として大活躍している。気がかりなのは、時々丹波屋へ顔を出す松野のことである。

松野と春江のこと。
 俊介は、長男豊生を自らの腕の中で失い、生きる気力を無くして薬物に手を出し廃人となりかけていた時期があった。その頃に、春江一人では、俊介の世話が手に負えなくなって、故郷長崎の母に救いを求めた。長崎の母の元で、暴れようとする俊介を押さえつけたり、闇医者の手はずを整えたのが、すっかり老いていた松野だった。
 松野は、春江が三歳のころ、母と所帯を持ち、春江が五年生になるまで一緒に暮らした。その意味では、松野は養父である。しかし、春江にとって、松野との生活にいい思い出などなく、酒に酔っては母や自分を殴り蹴った男という恨みしかなかった。その母は既に亡く、十三回忌を迎える。

喜久雄と徳次のこと。
 徳次が、中国大陸に渡るという決心を喜久雄に話す。むろん、喜久雄はそれを止めるが、徳次が考えた末のことであることをも感じる。
 喜久雄の『国姓爺合戦』の後見を最後として、徳次は誰にも知られぬように姿を消した。喜久雄へは、「坊ちゃんには芸の道を極めてほしい。日本一の女形になってほしい」との言葉を残す。

一豊と綾乃のこと。
 一豊は、大学進学の希望を持ち、歌舞伎の舞台とともに勉学にも励んでいる。
 綾乃は、大学卒業を控え、念願の出版社への就職内定を決め、喜久雄と市駒を喜ばせる。また、綾乃は相撲への興味を持ち続けていて、それも喜久雄にはうれしいことである。

俊介のこと。
 襲名披露へ向けてのあれこれが本格化する以前の舞台で、俊介は足のわずかな異変に気付くが、重大なこととは思いもしない。
 丹波屋二代同時襲名公演(俊介が五代目白虎を、息子の一豊が二代目半弥を襲名)は、世間の注目を浴び、千穐楽までのチケットはほぼ完売となる。その襲名公演の初日の幕が上がる。襲名の口上で、俊介は、嗚咽を堪え切れなくなりながらも、父への親不孝の悔いと亡き長男への思いを吐露する。

国宝 あらすじ 326~350回 第十四章 泡の場

 光源氏と空蝉などの女たちを、喜久雄と俊介が日替わりで演じるという趣向の『源氏物語』は、大成功を収める。劇評家の藤川教授は、「半二郎と半弥の二人は、それぞれの仕方で必死に歌舞伎に食らいつき、今やその歌舞伎に取り憑かれてしまった」と評した。
 俊介と喜久雄は互いに距離を置いていたが、この『源氏物語』の共演をきっかけとして、二人は昔に戻ったように酒を酌み交わすようになる。
 時代は、のちにバブル景気と呼ばれる時期(一九八六年十二月~一九九一年二月)で、二人が共演した『源氏物語』の初演が一九八六年の十二月である。このバブル景気の時期と重なるように、二人は休演する月もほとんどなく、次々と絶賛される演技を見せる。
 大評判の『源氏物語』の次の演目は、『仮名手本忠臣蔵』で、この演目は、喜久雄と俊介の二人が相談して実現にこぎつけたものだった。

 この時期は、喜久雄の遊び方も豪快で、徳次に車を買えるほどの金をポンと出し、母マツのためにハワイにコンドミニアムを買ってやる。また、綾乃とハワイで遊び、父と娘のわだかまりが取れたというわけにはいかないが、一緒にドライブできるようになる。
 一方、俊介の方は、丹波屋の屋敷を建てるための土地を購入する。
 
 その頃、徳次と弁天と共に銀座のクラブで遊んでいた喜久雄は、弁天から、鶴若が金に困り、お笑い芸人のテレビ番組に出演することを聞く。その番組では、コントとは言え、鶴若はひどい扱いを受けている。喜久雄には、鶴若から受けた仕打ちに対する恨みがある。だが、そのテレビ番組を見た喜久雄は、恨みを忘れ、鶴若に対するひどい扱いを控えてくれるように、弁天を通して、その番組のお笑い芸人に頼み込んだ。

 俊介の方は、『土蜘』を新趣向で演じる『女蜘』の準備に取り掛かっている。
 喜久雄の方も、今の成功に満足しているわけではなく、『阿古屋』をやろうと努力している。
 
 俊介の『女蜘』が成功した暁には、半弥を息子の一豊に、自身は白虎にという同時襲名の段取りが進んでいる。同時襲名へ向けて、春江も幸子も必死で取り組み始める。また、俊介は、すでに七十を超え、病を抱える源吉を、同時襲名の折に、幹部役者にしようと思っていた。

国宝 あらすじ 301~325回 第十三章 Sagi Musumek

 喜久雄と俊介は、『本朝廿四考』の八重垣姫で同じ月に同じ役をやり、二人ともに芸術選奨を受賞した。(第十二章)
 芸術選奨を受けた直後に、俊介は『鷺娘』で世間の喝采を浴びる。竹野は、喜久雄に、俊介に対抗して斬新な形で『鷺娘』をやってもらえないかと話をもちかけてくる。
 喜久雄は、自身のアィデアと彰子の人脈で、世界的に名の知れたオペラ歌手リリアーナ・トッチとの共演を実現させる。この東京公演はマスコミの話題をさらう。その勢いで、パリでの公演が決まる。パリでの公演も予想を超えた大成功。フランスから凱旋帰国しても喜久雄の人気はますます高まる。
 そんな折、九州の辻村が、喜久雄に、辻村のパーティーで『鷺娘』を踊ってほしい、と頼む。徳次は、そのパーティーが警察の暴力団取り締まりの対象になっているといううわさもあり、喜久雄に辻村の頼みを断るように勧める。しかし、喜久雄は、辻村から受けた恩は返さなければならないと、辻村の頼みを承諾する。

 この徳次のもとへ市駒から電話がかかってくる。市駒は、娘の綾乃(十四歳)が暴走族の男と付き合っていて、家に帰らないと徳次に告げる。徳次は、直ぐに京都に向かい、綾乃が連れ込まれている所に乗り込み、綾乃を救い出す。しかし、綾乃を取り戻そうと、暴走族の男が綾乃のいる病院に乗り込んできた。徳次は、この男を殴って追い返す。数日後、殴られた男を連れて、暴力団の組員たちがやって来た。徳次は、この組員たちに事務所に連れて行け、と自分から言う。
 暴力団事務所では、組の親分が徳次の命がけの覚悟を察し、指をつめることで、綾乃の件はなしにすると言う。
 徳次は、自分の指に立てた鑿に体をのせた。

 辻村のパーティーで、喜久雄の舞台の美しさに客は息を呑んでいる。ところが、舞台の途中に辻村逮捕のために警察が踏み込んできた。この辻村逮捕劇は、暴力団撲滅の大々的ニュースとなる。その場にいた喜久雄にも世間の批判が集まり、喜久雄の長年の暴力団と付き合いと、喜久雄自身の出自がスクープされる。これを受けて、民放各局、一般企業が喜久雄だけでなく、新派への協賛からも辞退するという流れになる。このことで、喜久雄は歌舞伎界からも新派からの追われた状態になる。
 一方、徳次に救われた綾乃だったが、再び夜の街を徘徊するようになり、暴走族よりももっと質の悪い人種と付き合い、薬物に手を出そうとしたところを補導される。市駒からこの連絡を受け、喜久雄は徳次を伴い、京都に飛ぶ。憔悴しきった綾乃を見て、喜久雄は、「誰に何された!」と叫ぶ。その喜久雄に向かって、綾乃は「あんたに、捨てられたんや!」と叫び返した。
 喜久雄は、綾乃を東京に連れ帰り、自分のマンションで一緒に暮らし始める。しかし、喜久雄と綾乃とは殺伐とした雰囲気にしかならない。
 春江が、綾乃を預かりたいと喜久雄に連絡を寄こす。春江は、大切な人(俊介)が薬に苦しんでいたときに、必死で闘った経験があると言う。春江のところで、綾乃は元気を取り戻し始める。

 出演する舞台を失った喜久雄と彰子へ、突然、彰子の父、吾妻千五郎から家に来るようにという電話が入る。それまで、決して二人の結婚を許さなかった千五郎の口から出たのは、喜久雄に歌舞伎に戻ってこい、というものだった。千五郎は、喜久雄が貧乏くじを引く覚悟で、世話になった親分さんの顔を立てたことを大したもんだと言い、喜久雄を歌舞伎界に復帰させた。
 三友の竹野は、歌舞伎界に復帰した三代目花井半二郎(喜久雄)と花井半弥(俊介)共演による『源氏物語』の公演を発表した。

国宝 あらすじ 276~300回 第十二章 反魂香

 小学生の一豊は、父俊介と共に舞台に立つようになっている。
 松野は新生丹波屋に居ついてしまっている。

 喜久雄が彰子の愛情を利用して、吾妻千五郎に取り入ろうとして、千五郎の逆鱗に触れてから四年ほどが経っている。喜久雄は彰子を伴い、何度となく千五郎に詫びに赴くが、全く取り合ってもらえない。丹波屋に俊介が戻り、吾妻千五郎に見切られて、喜久雄は役者廃業かというところまで追いつめられる。
 だが、彰子の母の遠縁にあたる新派の大看板、曽根松子が喜久雄に救いの手を差し伸べる。
 気が進まぬまま新派の舞台『遊女夕霧』に立った喜久雄だが、長い年月の鬱憤を晴らすような舞台で、評判を呼ぶ。さらに、彰子は体裁も気にせず、喜久雄の世話をやり通す。
 そのころ、徳次は、喜久雄に彰子の愛情を利用しようとしたと打ち明けられる。それを聞いた徳次は、そんな気持ちなら役者なんかやめてしまえ、と喜久雄を殴りつける。徳次に殴られた喜久雄は、彰子に全てを打ち明ける。彰子は、「中途半端なことしないでよ!騙すんだったら、最後の最後まで騙してよ!」と叫ぶ。

 見事に歌舞伎の舞台に復帰した俊介と、新派で次々と主役をやる喜久雄の二人は、同時期にすぐ近くの劇場で、同じ役「鷺姫」を演じることになる。

 すっかり丹波屋の女将になっている春江は、久しぶりに弁天と会う。弁天は、今やテレビで人気の芸人となっている。春江は、自分が大阪のオンボロアパートにいた頃の若き喜久雄と俊介のことを懐かしく思い出す。

※弁天との会話から、俊介と春江が身を隠していた時期の回想の場面になる。

 大阪を逃げ出した俊介と春江が落ち着いたのは名古屋だった。名古屋で、俊介は日雇いの仕事をするが長続きせず、春江が働きに出ることになった。ぼんぼん育ちの俊介は、たちまち春江のヒモのような生活になる。
 そんな俊介に、借りていた安アパートの大家が声をかけ、俊介は古書店で働くことになる。その古書店は、歌舞伎、文楽などの芸能専門店だった。俊介は、この店にある本を読み漁る。
 大阪を離れて一年近くになるころに春江が身ごもり、男の子を生む。俊介は喜び、豊生と名付ける。 
 俊介は、生まれた子を連れて、大阪の実家に戻る決心をする。俊介は、家に戻る前に、まず父に許してもらおうと、父が出ている劇場を、春江と豊生と一緒に訪れる。
 父、二代目半二郎は、俊介と豊生を見て、「今になって、なんの用や?」と言う。そして、俊介だけを連れて、料亭に行く。その料亭で、父は、俊介に実家に戻れるかどうかの試験だと言い、『本朝廿四考』の八重垣姫を舞わせる。踊り終えた俊介に、父は、「もう一年だけ待ってやる。それでダメなら、半二郎の名を喜久雄に継がせる」と言う。
 父、二代目半二郎に丹波屋に戻ることを許されなかった俊介は、春江、豊生を連れて、いったん名古屋に戻る。名古屋では、俊介の歌舞伎研究はさらに熱を帯びる。
 春江が仕事に出ているある夜、俊介は豊生が高熱をだしているのに、気づく。慌てて、救急車を呼ぼうとするが、電話が故障している。豊生を抱いて、必死に診療所に行くが誰もいない。豊生を抱きしめたまま総合病院に駆け込んだ時には、すでに豊生の命はなかった。

※回想から、俊介と喜久雄が、同月に同役でそれぞれの舞台に立っている場面へと戻る。

 家に戻った俊介が、春江に、『本朝廿四考』の八重垣姫で芸術選奨を受賞したと告げる。その芸術選奨を、喜久雄も同時に受賞していた。
 俊介と喜久雄は、歌舞伎と新派で同じように評価された。

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