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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 連載小説・津村記久子・ディス・イズ・ザ・ディ・あらすじ感想

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第回2017/7/28 第6話 龍宮の友達②

あらすじ
 ある日、細田さんが、睦美に話しかけて来た。細田さんの亡くなった夫の写真が、故郷の夫の弟の所から送られて来たのだと言う。その写真に心当たりのない細田さんは、睦美にその写真を見せてくれた。その写真を見た睦美は、それが熱海龍宮クラブのサポーターたちの写真であることに気づき、細田さんにそのことを伝える。
 夫が生前サッカーの試合を観に行っていたことを知らなかった細田さんは、寝耳に水という様子だった。睦美は、自分が応援している白馬FCと細田さんの夫が応援していたらしい龍宮クラブが最終節で対戦することを、細田さんに伝える。
 睦美は、日芙美を最終節に誘うが、一緒に観戦に行くことを断られる。でも、日芙美も白馬FCの選手には興味を持っているようだった。

感想
 妻には黙って、サッカーの応援に行っていた夫。夫には、言わないでサッカーの応援に行っている妻。
 細田さんは、亡くなった夫の隠された行動を探ろうとするだろう。睦美のサッカー応援はいずれ夫に知られるであろう。
 夫婦の互いのわだかまりが、サッカー観戦、二部リーグのサッカークラブの応援を通して、解消されていくとすると、今までのパターン通りの展開になりそうだ。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第28回2017/7/21  第6話 龍宮の友達①

あらすじ
 睦美は、イラストレーターだがビルの清掃のパートもしていて、夫と高一の娘の三人暮らし。細田さんは、六十代半ばのパートの同僚で、一年前に夫を亡くしていた。
 睦美は、娘の日芙美が学校に行こうとしないし、夫が不倫をしているらしい悩みを抱えている。睦美は、細田さんと特別に親しい訳ではなかったのに、自分の悩みを打ち明ける。細田さんは、それを静かに聞いてくれた。
 睦美は、悩みを持ちながらも、実家の地元のチーム白馬FCの試合を観に行くようになる。

感想
 第六話の主人公も、近頃では珍しくない境遇にある。でも、不登校と不倫が珍しくないと感じるようになったのは、いつ頃からなんだろう?
 それに、イラストレーターという本業がありながら、パートもするというのも普通のことになった。
 本当に世の中変わったもんだ。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第27回2017/7/14 第五話 篠村兄弟の恩寵⑤ 第5話了

あらすじ 
 靖は一人ではあるが、嶺田さんにメールをしたりして、試合前の時間をのんびりと楽しんでいる。試合は、リードされていた奈良が後半得点して、3-2で伊勢志摩に勝利した。奈良FCは、プレーオフに行けることになった。そして、伊勢志摩ユナイテッドの窓井はこの日の得点で、得点王になった。
 移籍前のチームである奈良のサポーターの前で、お辞儀をする窓井を見ながら、靖は、改めて窓井をかっこいいと感じた。
 選手たちの挨拶が終わった後、靖は、昭仁の姿を捜す。昭仁とは、会う約束もしていなかったので、捜すのをあきらめようとした靖の目に、兄を待っている昭仁の姿が入ってきた。

感想
 チームを応援する兄と、一選手を応援する弟の両者が対決する最終節だった。兄の応援するチームが勝ち、弟の応援するチームは敗れはしたが、応援している選手は得点王になった。
 実生活では、助け合ってきた兄弟が、兄の転勤で別れる日が近い。兄の靖は、弟の昭仁のことを心配していたが、この最終節で互いのわだかまりが解消した。
 心配する方は、相手のことを思っているようで、実は自身に不安があるからなのだ、と感じる。これは、兄弟の場合でも親子の場合でも当てはまるであろう。
 第1話から第5話まで、現代を普通に生きる人々が描かれている。そして、その普通に生活している人々の悩みが、緩やかに解消されていく様子が描かれていて、読んでいてほっとする。
 ただ、その悩みや不安の解消が、全てサッカー観戦だというのは、サッカー観戦に興味のない私にはなんとも腑に落ちない感じがしてきた。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第26回2017/7/7 第五話 篠村兄弟の恩寵④

あらすじ 
 靖が応援している奈良FCは、最終節で昭仁が応援する伊勢志摩ユナイテッドに勝たなくてはプレーオフに行けないという状況にあった。靖は、サッカーのことで真面目になり過ぎることに気後れを感じて、付き合っている嶺田さんとは奈良FCの最終節には一緒に行かないことを決めていた。
 最近は、別々の試合を観に行っている靖と昭仁だが、この最終節は二人が応援するチーム同士の対戦なので、同じスタジアムに行くことになる。試合を観に行く準備をしながら靖は、昭仁に京都に転勤になることを告げた。それは、今まで、兄弟二人で住んでいた家を靖が出なければならないことを意味していた。

感想 
 
家族が別れる時を感じる。進学であったり、転勤であったり、家族はいずれは別々になる。その別れの時に、それまでの繋がりが改めて表面に出て来る。
 靖と昭仁の場合は、両親を早くに亡くしたせいもあるが、普通の兄弟よりもずっと強い関係で生活していたと感じる。そして、いきなりの別れではなく、サッカーへの興味の変化を通して徐々に二人は自立していったように思う。兄弟二人だけであれば、別れはいろいろなストレスを伴うであろう。でも、サッカー観戦という共通の行動と、窓井選手という独特なキャラクターの人物、それに靖には嶺田さんという女性の存在がある。どんな人間関係の変化でも、閉ざされていないということが重要なのだと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第25回2017/6/30 第五話 篠村兄弟の恩寵③

あらすじ
 友達とも遊ばず、口もきかなくなっていた弟昭仁と奈良FCの試合を観に行くようになって、昭仁は生気を取り戻した。特に、奈良FCの窓井を兄弟揃って好きになった。窓井選手も、昭仁がサインを求めた時に声をかけてくれた。そんなこともあって、昭仁は窓井をますます応援するようになった。お
 靖には、窓井が自分たち兄弟に遣わされた存在のようにさえ思えた。
 その窓井が奈良FCから伊勢志摩ユナイテッドへ移籍し、昭仁は伊勢志摩ユナイテッドを応援するようになった。靖は、窓井がいなくても奈良FCのサポーターを止める気にはなれなかった。
 そんな靖に、京都の工場への転勤の話がきた。

感想
 好きになった選手のプレイだけでなく、普段の言動にも励まされることがある。きっと、自分とその選手を重ね合わせるのだろう。
 自分は、その選手のようなプレイはできなくても、その言動に表れたものでは共通の部分があると感じて、自分の中に好きな部分を見つけることが可能なのだと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第24回2017/6/23 第5話 篠村兄弟の恩寵②

あらすじ
 靖(兄)と昭仁(弟)の兄弟は、十八年前に父を亡くし、九年前に母を亡くしていた。兄弟の年の差は八つだった。
 母を亡くした時には、靖は十七歳だが、昭仁はまだ九歳だった。靖は、十七歳なりに弟を何とかしないといけないと決意した。できるだけ傍にいてやるとか、話しかけてやるとか、食事や洗濯などの世話をしてやるぐらいのことだったが、それをやった。
 靖と一緒に食事に行くようになった嶺田さんも、小学四年の時から母一人子一人で育ってきていた。そのせいもあって、高校生の弟のことを心配する靖の気持ちを分かると言ってくれた。
 靖は、嶺田さんが一緒に行きたがっているのに、二部のチームの最終節に嶺田さんを連れていくことをためらっている。
 弟は伊勢志摩の試合に行きそうなので、靖は奈良FCの最終節に一人で行くことになりそうだ。

感想
 靖には、二つのわだかまりがあるように思える。
 八つ下の弟を不憫に思う気持ちとその弟のことを心配してしまうこと。
 二部のしかも強くないチームに入れあげているということを引け目に感じていること。
 この二つは、心配や引け目に感じるようなことではないと思うが、そこに靖の優しさや他人を思いやる気持ちが表れていると感じる。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第23回2017/6/16 第五話 篠村兄弟の恩寵(おんちょう)①

あらすじ
 靖(兄)と昭仁(弟)の兄弟は、奈良FCを応援し、いつも試合を観に行っていた。昭仁は、奈良FCの選手の中でも、特に窓井を応援している。その窓井が昨シーズンに伊勢志摩ユナイテッドへ移籍した。
 今年の開幕戦を、靖は今まで通りに奈良FCの試合に行くと思っていた。ところが、昭仁は窓井の移籍先伊勢志摩ユナイテッドの試合へ行くつもりだった。二人は、どちらの試合に行くかで言い争いをする。その結果、今シーズンからは、兄と弟が別の試合に行くようになった。
 靖には、付き合っている嶺田さんという人がいる。嶺田さんに、最終節の話をすると、私も行こうかな、言ってくれた。

感想
 今までの話の主人公について思い出してみる。

第一話 えりちゃんの復活
仕事にも恋愛にも行き詰った独身女性と、その女性のいとこで、引きこもりになった女子大生(えりちゃん)。

第二話 若松家ダービー
両親と違う考えを持ち始めた子と、家族(若松家)から離れていく息子を心配する母親。

第三話 三鷹を取り戻す
同級生や周囲の人の目を気にして、自分の好きなチーム(三鷹)と選手のことを言い出せない男子(貴志)。

第四話 眼鏡の町の漂着
姿を消した恋人を忘れられない女性(眼鏡の香里)と、解散した過去のサッカーチームのことを忘れられない男性(誠一)。

 それぞれの話の登場人物は、前に進むことのできない状態や心配事や不安を抱えていた。そして、それらの心の重荷を、サッカー観戦、サッカークラブの応援をきっかけとして乗り越えていった。
 現代の誰にでもありそうな悩みを、誰でもがしそうなスポーツ観戦で解消する。一話一話は、現実の社会でもありそうなできごとが起き、普通の若者の姿が描かれている。
 だが、それが重なってきて、つながりをもってくると、もっと別のものが見えてくる。
 昭和の時代では、学校生活や家庭の団らんや会社での地位を上げることなどが、多くの若い人々の共通の関心事になり得た。しかし、平成の今は、そういうことはない。年代が同じでも、互いに分かり合えることの少ない今の社会で、家族や友人や恋人同士はどうなっていくのか。
 第五話を、そういう視点からも読んでみたいと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第22回2017/6/9 第4話 眼鏡の町の漂着⑥ 第4話 了

あらすじ
 鯖江アザレアSCと倉敷FCの試合の前半は0-0だったが、終了間際に鯖江が得点し勝った。
 誠一が応援していて、香里が注目した倉敷の野上選手は後半に入り運動量が落ち、浦野という選手と交代する。この浦野が倉敷の若い選手に抜かれて、得点を許してしまう。浦野は、チームが敗れるとピッチに座り込み動かなくなってしまう。浦野を迎えにきたのが、野上だった。野上は、浦野の横に座って肩をだいて、揺すった。
 香里は息を詰めてその様子を見つめていた。
 倉敷は鯖江に敗れたが、他会場の結果から昇格プレーオフに回ることになった。誠一は、それを大型ビジョンで知る。そして、野上がもしも引退しても、自分は倉敷の試合を観続けるであろうと思い始める。このことで、ヴィオラというクラブが消えて以来、自分の行き場のなかった何かが、出口のようなものを見つけた心地がした。
 香里は、コンコースを歩きながら、マスコットのつつちゃんに挨拶していこうとマスコットたちの方へ進んだ。その通路で、一時は必死に捜していた吉原さんを見つける。吉原さんは、腕を伸ばせば届く距離を歩いている。しかし、香里は吉原さんの背中を見送った後、マスコットのさばおくんとつつちゃんのところに向かう。香里が、つつちゃんに、シーズンの間ありがとう、また来ますね、と言うと、つつちゃんは、そっと香里の背中を抱いた。
 つつちゃんのそばを離れた香里は、見覚えのある人(誠一)を見かけて、倉敷残念でしたね、と声をかける。
 眼鏡の女性(香里)は、誠一に、携帯で野上選手が引退しないというニュースを見せてくれる。誠一は、野上のことを知り、自分は自分の時間が進むことを許していいのだ、とやっと思えた。

感想
 
前回の感想では、香里と誠一の気持ちは分かるが、その気持ちとサッカー観戦とがどう結びつくのか分からない、と書いた。今回を読み、その疑問が消えた。
 若い世代が、野球に、プロレスに、テニスやバレーボールに、夢中になった時期があった。また、スポーツだけでなく、グループサウンズに、アイドルに、熱中した時期もある。芸能以外でも、時代が違えば、学校生活が、恋愛や友情が、地域の祭りが、若い世代に共通する興味関心の対象となった。
 今は、世代に共通する興味関心の対象が多様なのだろう。そして、今の若い世代の興味関心の対象の一つにサッカー観戦があるということが分かる。

 第1話から第4話までで、第4話が一番おもしろかった。
 主人公二人が、互いに名前も知り合うこともなく終わる。香里の前から消えたモトカレの消えた理由も、そのモトカレを見つけながら声もかけなかった理由もはっきりしない。誠一が、解散したクラブのことがずっと忘れられなかった理由も、その過去のクラブへの思いから抜け出せると思った理由もはっきりはしない。
 それなのに、香里と誠一が今までの自分とは違う自分を発見したことが伝わってくる。二人は、なんとなく引かれ合っている。今後付き合うようになるかもしれない。そうならなくとも、それぞれが、自分の方法でサッカー観戦を楽しむだろう。
 サッカー観戦を自分のやり方で楽しめるということは、自分の人生を自分なりの生き方で進んいくことにつながると思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第21回2017/6/2 第4話 眼鏡の町の漂着⑤

あらすじ
 マスコットのつつちゃんのいる屋台で、誠一が買い物のために並んでいるとバスの中で話した眼鏡の女性が現れる。誠一は、屋台の前でも、その女性と言葉を交わす。
 自分の席に戻った誠一が思うことは、これから始まる試合のことではない。十七歳の時に観たヴィオラの最終試合のことだった。ヴィオラの最終試合からの月日で、誠一は、大学に合格し、好きな人ができその人と別れ、就職をするなどいろいろなできごとを経験した。でも、誠一の半分は、いつもヴィオラの最終試合のスタジアムにいると考えている。
 香里は、偶然会った男性が好きだと言っていた野上選手に注目して試合を観ている。サッカーにくわしくない香里だが、野上選手が、とてもいい選手だとわかるようになった。

感想
 
第4話の二人の気持ちがわかるようで、まだわからない。
 サッカーの試合を観ることが好きで、好きなサッカークラブを応援するのが楽しい。それは香里も誠一もその通りなのだろう。だが、鯖江と倉敷に勝ってほしいとそれぞれが願っているかというと違うようだ。
 サッカーが好きで、スタジアムに通っているというよりは、それぞれが消えてしまったものを追い求めていることの方が強いと感じる。
 消えてしまったものに、とらわれ続けるのはわかる。でも、それがサッカーの応援という行動につながるのが、どうもよくわからない。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第20回2017/5/26  第4話 眼鏡の町の漂着④

あらすじ
 誠一は、解散したヴィオラ西部東京の最終試合のことが未だに忘れられない。それは、雨の中での負け試合だった。そのヴィオラの終わりは、誠一には永遠だった。
 ヴィオラが解散してからは、野上選手をずっと見てきている。その野上選手も、この最終節で引退する。
 そんな話を、携帯を見せてくれた隣の席の眼鏡の女性に誠一は話す。自分の話ばかりしたことに気づいた誠一は、その女性に、好きな選手がいるのか?それともチーム自体が好きなのか?とたずねる。
 その女性は、選手もチームも周辺もわりと好きだが、マスコットをすごく好きと答える。

感想
 
誠一は、過去の失われてしまったことに、ずっととらわれ続けている。過去の失われてしまったことというと、オーバーに聞こえる。だが、好きで応援していたチームの消滅を忘れられないで、そのチームに所属していた選手の移籍先をずうっと追い続けているのは、過去を追い求めていることになると思う。
 私は、誠一と同じ年頃には常に新しいものを追い求めてきた。昭和の雰囲気は、そういう傾向が強かった。無くなってしまったものを追い求める今の青年と、私と同年代の青年の違いをはっきりと感じる。

 消滅したチームを追い求めて、そのチームに所属していた選手の引退を見に来ている誠一。消えてしまった恋人を追い求めて、チームのマスコットを大好きという香里。この二人、なんとなく共通点がある。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第19回2017/5/19 第4話 眼鏡の町の漂着③

あらすじ
 誠一は、倉敷FCのディフェンダーの野上を観るために、スタジアムに来ていた。携帯で倉敷のスターティングメンバーを確かめようとしたが、バッテリー切れなので、シャトルバスで偶然隣に座った女性に携帯でスタメンを見せてくれないかと頼む。その見知らぬ眼鏡の女性は、快く誠一の頼みに応じてくれる。
 誠一は十四歳の時から、野上を頼もしい選手だと感じていた。そのころの野上選手は、一部リーグのヴィオラ西部東京に所属していた。そのヴィオラ西部は、十七年前に解散した。誠一にとっては、ヴィオラ西部の解散は大きな出来事だった。

感想
 小中学生の時に好きになったことを、その後も途切れることなく続けた経験がない。小中学生の頃に好きだったことは、その後もずうっと好きだが、たいていは興味関心に中断があったり、中断の後の復活があったりする。
 スター選手とはいえないサッカー選手を二十年も応援し続けることや、既に解散したサッカーチームのことをいつまでも忘れないという嗜好は、いわゆるオタクとされる傾向なのかもしれない。
 誠一が、野上を応援し続け、解散したクラブを忘れられないのには何か原因や理由があるのだろうか。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第18回2017/5/12 眼鏡の町の漂着②

あらすじ
 鯖江SCのホーム開幕戦を香里と一緒に観戦するという約束をしていたのに、何の連絡もなく吉原さんは現れなかった。 その夜から、香里は吉原さんの部屋へ行ってみたのはもちろんのこと、あらゆる手段で連絡を取ろうとするが一向に消息がつかめない。吉原さんが借りている部屋の管理会社にも連絡をしてみたが、管理会社では部屋に異常はないし、部屋の借主とも連絡が取れたと言う。香里が部屋の主と話したいと言うと、それはプライバシーに関することだからと断られる。吉原さんと香里の共通の友人に聞いてもはっきりとしたことは何も分からない。ただ、噂で吉原さんは地元の鯖江に帰ったらしいということだけが分かった。
 それ以来、香里は、鯖江アザレアSCのホームの試合へ一人で足を運ぶようになる。ゴールデンウイークは、香里は鯖江に滞在して、スタジアムに通った。スタジアムでも、鯖江の町の中でも吉原さんについて何の情報も得られない香里は、もう吉原さんには会えないだろうと思い、滞在先のホテルで一人で泣いた。
 その後も香里は、鯖江の試合がある毎にスタジアムに足を運ぶが、吉原さんのことをたずねまわるのはやめた。その代わりに、鯖江でメガネを新しく買ったり、アザレアSCの応援を楽しむようになってきた。

感想
 親しくなった男女であっても、お互いに地元から離れて都会で暮らしていると、どちらからか連絡を絶つとこういうことになるというのが分かる。
 都会で、一人暮らしをしている者同士が親しくなれば、互いの部屋を訪ねるのに制限はないし、互いの動向は携帯で常時つかめる。それなのに、その人の背景や過去はつかみようがない。携帯を中心とした通信手段を絶つと、人と人との繋がりそのものが絶たれてしまう。
 香里も相手の吉原さんも特殊な仕事や事情を抱えているのではなさそうだ。それが、このようにいきなり消えるかのような行動を取るのにはどんな理由があるのだろうか。この小説が、現代の日常を描いているだけに興味を増す。
 
 吉原さんについての情報を得られないことに、ショックを受けた香里が、コンビニの店員の一言に救われた気持ちになった場面にリアリティを感じる。また、いなくなった人捜しからサッカー観戦へと気持ちを変えるきっかけが、チームマスコットとの握手だったことも面白いと思った。現代のいろいろなマスコットやキャラクターブームがすたれないのは、人々がそれを求めることが続いているからなんだ、と改めて思った。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第17回2017/4/28
第4話 眼鏡の町の漂着①

あらすじ
 
香里は、一人で鯖江アザレアSCの最終節の試合に向かっている。マスコットキャラクターを見たり、知り合いのサポーターと声を交わす。しかし、香里がスタジアムに来るのは、鯖江を応援する目的だけではなかった。
 香里は、吉原さんという男性と付き合っていた。吉原さんとは、一緒に食事をしたり映画に行ったりしてうまく行っていた。そして、吉原さんの地元の鯖江の試合を観戦に行くことも二人の習慣のようになっていた。
 ところが、約九か月前の今シーズンの開幕戦を二人で観に行く約束をしていたのに、何の連絡もなく吉原さんは来なかった。それ以来、吉原さんとは会うことはおろか連絡さえ取れなくなっている。香里は、消えてしまった吉原さんを捜す目的もあって、一人でスタジアムへ通っている。
 そんな香里の乗るスタジアムへのバスの隣の席に見知らぬ男性が座った。

感想
 
第4話は、今までと違ってミステリー仕立ての雰囲気がある。突如消えた好きだった男性を見つけるために、サッカースタジアムに通っている。そういうと、何か悲壮感が漂うが、主人公の様子はそうでもない。一人で来るようになっても、香里はサッカー観戦をけっこう楽しんでいる。
 第1話から共通しているが、登場人物はサッカークラブを応援することに熱心ではあるが、それにのめり込んでいたり、なによりも優先しているということがない。どこかで、冷めていて、応援する自己を客観的に見つめている所がある。
 今回の香里も、どうしても吉原さんを見つけたいかというと、それほどの強い感情は感じられない。香里は鯖江を応援しているし、そのチームのグッズを好きなことには間違いないが、それが他人の関心を呼ばないであろうことも意識している。
 これは、単にサッカーのサポーターに限らないであろう。何かに熱狂して、それに同調してくれる他人がいても、そこにはある限界があるということを互いに知っている、今の世の中の一面だと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第16回2017/4/21  第3話 三鷹を取り戻す⑤(第3話 最終回)

あらすじ
 貴志と松下は二人並んで、三鷹と弘前の試合を観始める。松下は、自分が応援している弘前の順位も知らなければ、PKさえはっきりとは分かっていないようだった。それなのに、楽しそうに弘前を応援している。また、一試合だけケーブルテレビで三鷹の試合を観て、その試合に勝った三鷹を強いと言う。
 そんな松下の応援ぶりが、貴志には微笑ましかった。
 試合は、後半に弘前がかろうじて一点入れ、弘前が勝利した。弘前ネプタドーレは、この最終節に勝ったので、二部からの降格を免れた。ところが、松下はそのことさえ知らなかったようで、貴志にすまなそうな様子をした。松下は、試合の後、貴志に自分のことをいろいろと話し、貴志に来シーズンも来ようよ、言った。
 貴志は、スタジアムからの帰り道で、自分は何かを自分自身から取り返したのだということを知った。

感想
 サッカーを好きになるのにも、サッカーについての情報を知らなければならないという強迫観念ようなものがある。
 興味を持ち、その興味を深めていくために、興味の対象についてより知りたいと思うのは当然だと思う。好きになったことについて、調べようと思うと、今は知識とも呼べない断片的な情報が溢れている。その断片的な情報が、実は好きなことをより好きになるのを邪魔しているのではないか、と感じる。
 松下は、サッカーについても、サッカークラブについても、情報を事前に身に付けていない。それだけに、スタジアムで物を食べ、酒を飲んで、彼の地元のクラブを応援することそのものを、楽しんでいる。
 中学生の貴志は、三鷹が地元のクラブであり、好きな選手がいたから応援していた。そういうシンプルな動機を取り戻したのだと思う。
 好きだ、楽しい、という感情は、単純なことから始まるのだ。理由づけや、その対象についてのさまざまな情報は不必要なのだ。自分の足で調べずにインターネットなどから得られる情報と、周囲の評判を取り払うことが、自分を取り戻すことに通じる、と思った。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第15回2017/4/14 三鷹を取り戻す④

あらすじ
 貴志は、中学生の時以来の三鷹のスタジアムに来た。貴志が行かない間に、三鷹を応援する人々は増えていたし、スタジアム内の様子は賑わっていた。貴志は、試合が始まる前に食べようと、カルビ丼の行列に並んだ。その行列の中にバイト仲間の松下を見つけた。貴志に気づくと松下は声をかけて来た。松下は、戸惑う貴志を自分の席の隣に誘い、二人並んでカルビ丼を食べ始めた。
 松下は、実家の地元のクラブであるネプタの試合を何回か観に行っていた。しかし、サッカーに前から興味があったのではなく、ネプタの試合のタダ券をもらって観に行くまでは、サッカーには縁がなかったと言う。一度、ネプタのホームスタジアムに行ってから、「なんか楽しかったから」ネプタを応援するようになったと話した。
 一緒にカルビ丼を食べながら、松下は、「三鷹は強いなあ」と言った。貴志は、そんなことを言う人に会ったのは初めてだった。

感想
 中学校の同級生には、貴志は自分が三鷹を応援していることを隠していた。地元のクラブだが、弱いと思われているクラブを応援していることを知られたら、バカにされたり、攻撃されたりしそうだったからだ。
 今の中学生の気持ちがよく分かる気がする。学校で、貴志はいじめの対象になっているような子ではなさそうだ。でも、自分が目立つことをしないように、いつも気を遣っていなければならないのが、今の学校の現実だ。それは、学校だけでなく、職場やその他のコミュニティでも当てはまる。
 大学生になった貴志は、アルバイト先で、アルバイト仲間の中学校時代の同級生を警戒しながら付き合っている。以前から知っている学校友達に対しても、気を許せないから、バイト以外で会ったことのない松下に対しては、極力余計なことを言わないようにしていた。それなのに、スタジアムで隣の席に座り、今まで聞いたことのない「三鷹は強いなあ」と言われ、貴志は耳を疑った。
 貴志は、同じバイトで同じような年齢でも、なるべく近づかないようにするのが普通になっていた。
 
 確かに、いつの間にか、そういう人間関係づくりが当たり前になっている。これは、年齢やその集団によっても違いはあるが、今の社会に共通するものだと感じる。
 周囲の多数の人と違うものやことが好きな場合は、それを言うことをためらう。
 同じ仕事をしていて、同じような年齢の相手であっても、なるべく近づかないようにする。
 それが人間関係づくりの知恵になってしまっていると、感じる。

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