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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 連載小説・津村記久子・ディス・イズ・ザ・ディ・あらすじ感想

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第14回2017/4/7 第3話 三鷹を取り戻す③

あらすじ
 最終節を前にして、貴志の周囲ではますます三鷹の話題が盛り上がっていた。貴志も、三鷹の今の戦績を気にするようになる。そして、貴志が中学生の時に好きだった若生選手が少し前に三鷹の監督に昇格したことを知る。 
 貴志は、それを知り、中学生の時に、保健室の先生から若生選手が写っているポスターをもらったことを思い出し、そのポスターを探し出す。そして、最終節の三鷹対弘前の試合に行くことを決める。
 この対戦相手の弘前ネプタドーレは、バイト仲間の松下が身に付けていたエンブレムのクラブだった。

感想
 子どもの頃に好きなものを、他の人からバカにされたりして、好きだと言えなくなることはよくある。子ども向けのドラマやアニメのヒーローや、子ども向けのおもちゃの類だ。食べ物などの好みでもそういうことはある。大人ぶって、自分から、もうそんなものからは卒業したふりをする。
 しかし、小中学生の時に好きだったことからそうは簡単には離れられないのも確かだ。私の経験からもそう思う。そして、その好みややりたいと思って我慢していたことを再開するのはとても楽しいものだ。
 貴志も、そういう経験をするのだろうか。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第13回2017/3/31 第3話 三鷹を取り戻す②

あらすじ
 貴志が高校生になった時に、三鷹は二部へ昇格して、地元ではニュースになっていた。だが、貴志が三鷹に興味を持つことはなかった。
 大学生になった貴志は、アルバイト先で松下という人に会う。松下とはアルバイト仲間というだけの関係だったが、彼が身に付けていたサッカークラブのものらしいエンブレムのことは気になっている。

感想
 貴志は、中学生の頃好きだった三鷹が周囲で話題になっていて、なんとなく妙な気持ちを感じているようだ。
 また、大学生となった彼は、三鷹以外のサッカークラブのことも気にしていない。サッカークラブのことだけでなく、好きなことを見失っているように感じる。でも、だからと言って人間関係に悩んでいる様子もない。要するに、平凡な学生生活を送っているのであろう。
 好きだったクラブのことを、周囲から同調されそうもないので、自分で抑え込んでしまった。このままでは、貴志は、他人の眼をいつも気にして過ごすことになりそうだ。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第12回2017/3/24 第3話 三鷹を取り戻す①

あらすじ
 中学生の貴志は、地元のサッカークラブ三鷹を応援している。三鷹は、ロスゲレロスという名前が変だし、弱かったので同級生で三鷹を好きだという者はいない。そんなわけで、貴志は自分が三鷹を応援していることを隠して、一人でスタジアムに足を運んでいた。
 三鷹は、二部に昇格したその年に、また三部に降格する。この結果に貴志は、自分でも驚くほど落胆する。三鷹が三部に降格してからは、以前よりももっと三鷹のことを学校では話さないようにしている。
 そんな中、ポスターがきっかけとなって、保健室の高山先生が三鷹の選手について詳しいことを知るが、貴志はその先生にも自分が応援していることを話さなかった。
 高校生となった貴志は、海外のサッカークラブに興味を持ち、三鷹のことを気にすることもなくなった。

感想
 強くて人気のあるクラブを応援するのに理由はいらない。サポーター仲間も多いので、その中の一人として、皆と一緒に騒いでいればそれでよい。弱くて、不人気なクラブを好きだと言えば、おかしな人だと思われる。それだけでなく、仲間はずれにされることもある。だから、貴志が中学校では自分の気持ちを隠していたことはよく分かる。
 もしも、貴志が同級生の多数に反対して、三鷹にもいい所があると言えばどうなっていたか。自分の気持ちに嘘をつかなくて済むが、それが原因で学校生活が過ごし辛くなることもあったろう。応援するサッカークラブのために、仲間はずれにされることはないと考えて当然だ。
 こういう風潮を、当たり前のことと受け取っていいのだろうか。
 もしも、先のWBCで、日本人でありながら日本以外の国を応援したら、その人はどう思われるだろうか。WBCは、それぞれの国の選抜選手によるベースボールの試合だ。野球というスポーツとして、自国以外のチームやプレイヤーを好きになり応援する人がいてもよいのではないか。現実には、そういう人は、偏屈な変わり者と片付けられるだろう。 
 何にしても、世の中がどちらか一辺倒になり、少数者がビクビクするのは、その社会が健全でない方へ向かっているサインだと思う。

感想その4
 父仁志は、圭太の細かな変化には気付かなかった。供子から、圭太の変化について相談された時もはっきりとした意見を言えなかった。だが、母供子とは違う角度から息子を見ていた。
 仁志は、圭太とサッカーチームについて話し合っている様子はなかった。だが、圭太が応援するクラブについては調べていてよく知っていたし、最終節には琵琶湖のホームへ夫婦で行く手配をしていた。
 仁志は、家族にサービスをする気はない。家族と一緒にサッカー観戦しても、自分なりの楽しみ方をしている。
 供子は、仁志に不満はないが、家族のリーダーとは思っていない。それは、二人の子どもも同じだ。
 これが、今の家庭に求められる父親のひとつの姿だと思う。家族の中心は、母と子だ。父は、母子に沿って行動する。その位置にいることが、母子の関係が煮詰まった時には、平静な観点から、父としてアプローチできるのだと思う。
 母の役目、父の役目という固定されたものはない。両親の考えを一つにして、子どもに向かうのでもない。両親は、それぞれの持ち味を生かして、子育てするのが今は必要だと感じた。

感想その3
 圭太が母に秘密を持つようになって、供子はすごく心配した。心配し過ぎ、干渉し過ぎると、母と息子の関係は壊れただろう。圭太と供子は、そうならなかった。その原因は、父仁志の動きにもあった。また、母が息子のことを信頼していたことが大切だったと思う。
 もう一つ注目できることがあった。供子は、自分の子どもの心配よりも泉大津の選手フナのことをもっと心配していた。これは、母といえども自分の子どものことだけにかまけていてはいけないということだ。供子は、家族以外に関心を持てる対象をもっていた。それが、スムーズな子離れにつながったと感じた。
 供子は、圭太が家族でのサッカー観戦から離れていったことが分かっても、それほど悲しまなかった。また、圭太が応援するクラブへ乗り換えようとも思わなかった。そして、圭太とは距離を置きながら、琵琶湖トルメンタスに感謝していた。
 母の息子離れが、すごくよいタイミングでできている。圭太はまだまだ親元にいるであろう。だが、応援するクラブは別々ということを通して、成長していく息子を、母が受け入れている。
 供子には、夫とも息子とも違うサッカーの応援への思いがあった。これが、役に立ったと思う。

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感想その2

 圭太は、高校に入ってからも、一家で泉大津を応援することに特別不満を感じているわけではなかった。しかし、徐々に泉大津の監督の人選や選手の起用に不満を持つようになった。それと、同時に、試合の帰りの両親のサッカーについての話を、芯のないものだと感じるようになった。そして、泉大津より資金でも過去の戦績でも人気でも下の琵琶湖に魅力を感じるようになった。
 応援するサッカークラブのことを書いているが、視点を変えると子の自立の様子が見えてくる。
  親が大切にしている事柄に、子が疑問を感じる。さらに、親が価値を認めない事柄に、子は魅力を感じる。そうやって、子は自立していくのであろう。
 圭太の良さは、自分が応援したいと思った琵琶湖の試合を観に行くために、アルバイトを始めたことだと思う。また、そのことを親に素直に言えなかったのは、無理のないことだ。
 圭太が、このように両親のサッカーへの態度に疑問を感じ、自分なりのものを探し出すことができたのは、ここまでの若松家の子育てが、良かったことの証拠でもあると思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第11回2017/3/17  第2話 若松家ダービー⑥(第2話了)
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あらすじ

 長男の圭太と、両親の供子、仁志は、それぞれ別に琵琶湖トルメンタスのホームグラウンドに着いた。今日は、琵琶湖対泉大津が対戦する最終節だ。
 試合前半は琵琶湖が押し気味で、0-0に終わった。仁志は、琵琶湖の選手の良いプレーに感嘆のつぶやきを漏らすようになった。供子も、仁志の「琵琶湖いいチーム」という言葉に同意する。圭太が琵琶湖にひきつけられたのも無理がないと思った。でも、琵琶湖を応援できそうかというと、そうは思わなかった。
 後半、泉大津が得点するが、すぐに反撃され、1-1となった。試合終了間際に琵琶湖が、1点入れた。が、アディショナルタイムで、泉大津のフナがヘディングを決め、結果は引き分けに終わった。
 スタジアムを出てシャトルバス乗り場へ向かうときに、供子は圭太を見つけた。手を振ろうとしてやめた。圭太の佇まいは、とてもしっかりして見えた。

感想
 日本の今の家族の特徴は、バックボーンとなるようなものがないところにあると思う。家族は、その一人一人の成長と老化に応じて変化していくしかない。住居を取り上げても、一世代前のように一軒の家に家族全員が生活するということは少なくなっている。
 そう考えるなら、家族内の関係が固定化せずに変化し続けるようでないと、家庭は崩れると思う。つまり、昔のように、親はいつまでも親であり、子は成長しても親に従うでは今の親子関係はもたない。また、母の役目、父の役目が固定化していては、子育てに対応できない。さらに、夫婦関係も相互の老化に伴って変化しなければならない。
 この小説は、身近な家庭に感じられる若松家を取り上げ、その変化を具体的に描き出した。しかも、今の家庭の成功例と思う。サッカークラブの応援を題材にさりげなく書いているが、内容は今の家庭、家族を考えるヒントがいっぱい入っていると感じた。
※感想その2へ続く。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第10回2017/3/10
第2話 若松家ダービー⑤

あらすじ
 琵琶湖と泉大津が対戦する最終節、圭太は琵琶湖のホームスタジアムで試合前のグッズ売り場と屋台村で買い物をしたり、食べたりしている。そうしながら、泉大津のマスコットを見ると、懐かしいような気がした。
 圭太の両親は、圭太とは別に琵琶湖のホームスタジアムに来ていた。今日は、圭太の妹の真貴も一緒に来るとは言わなかったので、二人(供子と仁志)だけの応援だった。仁志は、圭太のことを気にする様子もなく、久し振りのアウェイを楽しんでいる。供子は、相手チームの応援をする圭太と、家で留守番をしている真貴のことが心配になってきた。

感想
 子どもの成長に伴う家族の変化がうまく書かれている。
 圭太は、家族みんなで応援していたチームと自分が応援し始めたチームを比べることで、自分の成長や、将来を考えている。
 供子は、夫婦二人でサッカー観戦に来ていることから、家族の将来を考えている。夫婦二人で来たことを、「自分は意外と悲しまなかったな」としている。
 さらに、「このまましばらく夫婦二人での観戦が続き、その後もしかしたら夫もスタジアムに行くのをやめてしまうのかも、と思うと、それはやっぱり寂しいと思ったので、仁志のことは今まで通り大事にしようと決めた。」と考えている。この辺りが、今の夫婦関係を表していて、すごくおもしろい。
 現代の日本の家族では、子は、独立すれば親と一緒に暮らさない。夫婦は、最終的には二人だけになる。二人だけになった夫婦も一緒にいる必要性がなくなれば、離婚を阻むものはない。そんな世の中が映し出されている。
 そういう現代の家族の在り方を、今のままでよいとは思えない。だが、親子が一緒に暮らす過去の家族に戻るべきだとは断じて思わない。それよりは、血のつながりを基盤にする家族から、もっと別のものでつながる家族へと、変化できないか、と思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第回2017/3/3
第2話 若松家ダービー④

あらすじ
 圭太が家族と一緒にサッカー観戦に行かなくなって、家族の雰囲気は変わったようだ。そのことがあってから、供子は、家族の中でいちばん大津ディアブロの試合を観たかったのは、自分だったことに初めて気づいた。
 今日は琵琶湖トルメンタスと大津ディアブロの対戦という日曜日、圭太はトルメンタスのホームスタジアムに向かおうとしていた。圭太以外の家族がディアブロの応援に来るのかどうかは、きかずじまいだった。出がけに、妹の真貴が話しかけてきた。真貴は、サッカーよりも女子バスケットが観たい、そして、自分でもバスケットをやりたいと言った。

感想
 前回の感想では、家族の結びつきがサッカー観戦だけというのはどういうものか、と疑問を感じていた。しかし、今回を読んで、気持ちが変わった。サッカー観戦に家族で行き、あるチームの応援を家族みんなですることは、すごく意義のあることに思えてきた。
 圭太は、サッカー観戦を通して、両親と自分の違いを発見し、自分の考えを通すためにアルバイトを始めた。妹は、サッカー観戦に行く習慣の中で、自分がしたいことを探し始めている。
 家業を継ぐ、財産を継ぐ、それ自体に意義があるわけではないと思う。家業であろうが、サッカー観戦であろうが、家族でのゲームであろうが、家族のみんなが共に行動して、それぞれの位置を発見していくことが大切なのではないかと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第8回2017/2/24
第2話 若松家ダービー③

あらすじ
 圭太が両親の応援するチームとは違うチームを好きになったことに、母親はがっかりしているように見えた。でも、琵琶湖トルメンタスへの圭太の忠誠心は変わらなかった。
 仁志は結婚前から大津ディアブロの熱烈なファンだった。供子は、仁志と一緒にサッカーを観に行くようになり、結婚後も子どもが生まれてからもディアブロの応援を続けている。供子は、チームの中でフナのことを心配している。フナは、チームのムードメーカーで最近は不振が続いている。供子にとって、二人の子どもはいい子に育っていて、フナが心配の捌け口となってくれていた。
 圭太がディアブロの試合に行かなくなって、家族の間に妙な緊張が生まれた。さらに、供子は、大津ディアブロの試合を観に行くことを家族に強要してきたのかもしれない、と悩むようになった。

感想
 平凡ではあるが、健全な家族だと思う。母の供子も父の仁志も穏やかで、家族のことを大切にしている。
 圭太も、健全な高校生だと思う。家族が応援しているチームと違うチームを好きになった理由もうなずける。サッカーチームの運営や成長については、両親の見方よりも圭太の方がよく考えている面もある。両親への反抗心もあるであろうが、そうだとしてもひねくれたものではない。
 子どもが親から離れ自立していく難しさよりも、親が子どもの自立をどう受け入れていくかが焦点になりそうだ。

 大きな問題はない平穏な現代の家族が描かれている。こういう小説を読むと、今、家族というのは何のために、何を軸として結びついていくのか、考えてしまう。
 私の世代の家族は、よりよい住まいを手に入れ、子どもをよい学校へ入れる、ことが目標になっていた。要するに、家計の発展と子の教育が家族の軸になっていた。そして、変化はしていたが、先代からの土地や墓を継ぐことも行われていた。
 今は、違ってきている。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第7回2017/2/17
第2話 若松家ダービー②

あらすじ
 圭太が雄琴に行っていたのは、実は家族で応援していたチームとは違うチームの試合を観るためだった。若松家は、家族揃って泉大津ディアブロのホームスタジアムに行くのが習慣になっていたし、圭太もそれに不満を持ってはいなかった。だが、その泉大津ディアブロを粉砕した琵琶湖トルメンタスを観てから圭太の気持ちが変わった。それ以来、圭太にとって、琵琶湖トルメンタスの選手と峰岸監督がかけがえのないかっこいいものになった。

感想
 圭太が家族とは違う琵琶湖トルメンタスを好きになった理由は、選手たちのハードワークと勇気を誇れるチームになりたいという監督の言葉だった。また、その監督の指揮通りに動く無名の選手たちの運動量の豊富さに魅力を感じている。これは、サッカーとサッカーチームをよく知っているサポーターの考え方だと思う。圭太は、しっかりした考え方を持っているし、サッカーチームに何が大切かをよく知っている。
 圭太のことを疑っていた母親も家族の楽しみを大切にする良い母だ。ただし、サッカーチームへの理解では息子の方がリードしているようだ。
 第1話のえりちゃんも第2話の圭太も、人気チームや常勝チームとは逆のチームに可能性を見つけ、応援している。ここには、雰囲気だけで勝ちを喜ぶ態度とは異なる真剣さと深さを感じる。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第6回2017/2/10
第2話 若松家ダービー①

あらすじ
登場人物
若松家 供子(母)  仁志(父)  圭太(長男 高一)  真貴(圭太の妹 小五)
フナこと舟井倫明(泉大津ディアブロのDF)
 
 若松家は、休日には家族そろって泉大津ディアブロの応援に行くことが習慣のようになっていた。ところが、圭太が半年ほど前から試合に足を運ばなくなった。供子は、圭太がボードゲームの仲間とでも遊んでいるのだろうと思っていた。供子と仁志は真貴を連れて、相変わらずサッカー観戦に出かけていた。だが、圭太は休みの日に遊びに行っているのでなくて、アルバイトをしていることが分かった。
 供子は、息子のことも気にしていたが、ディアブロの舟井選手の不振ぶりもすごく心配だった。
 ある日、事件が起こった。圭太のハーフパンツのポケットから、関西有数の歓楽街雄琴のコンビニのレシートが出てきたのだ。圭太は、今まで親に心配をかけるような子ではなかった。供子は、この事を夫仁志に相談するが、思い当たることもどうしてよいかも浮かばない。

感想
 
家族揃って、休日にサッカー観戦というのはよいことだと思う。そういう習慣なり、家族のイベントなりを始めたのは、親だ。子どもがある年齢になると、親の好みを押し付けられているように感じるだろう。子どももサッカー好きであれば、押し付けられていると感じていても断れないかもしれない。
 圭太は、試合に一緒に行かなくなる以前からこの家族揃っての行動が厭だったのかもしれない。

 「子育て」「反抗期」「子の親離れ」「親の子離れ」などの言葉が一般的に使われる。でも、振り返ってみると、心理学上の用語だったり、新しい造語だったりする。
 親が子どもを育て、子どもは親兄弟の中で育っていくのは自然なことだ。子どもが自立できるようになると、独り立ちし、親の方も子どもから離れるのが自然なことだ。ところが、昨今はそれがスムーズにいかないことが多い。
 その理由をとらえることは難しい。でも、もう一度考えてみたい。「子育ての方法」や「親の子離れの仕方」などをハウツーとして、把握しようとするのが役に立たないことだけははっきりしている。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第回2017/2/3
第一話 えりちゃんの復活⑤

あらすじ
 試合は、両チーム得点なく、ハーフタイムに入った。えりちゃんは、富士の選手について細かい動向を話せるほどになっていた。ヨシミは、イエローカードをもらった鶚のキャプテンに自覚をうながしたいほどだった。このことから、鶚に勝って欲しいと思っている自分に気づき、愕然とする。
 試合は後半に流れが変わり、オスプレイ嵐山(鶚)が得点し、そのまま一点を守って勝利した。ヨシミは、大騒ぎする観客の中で、自分はこのチームに引き分けではなく勝って欲しかったのだと、気づいた。
 えりちゃんは、CA富士が負けても、このチームを応援し続ける気持ちに変化はなかった。そんなえりちゃんを見て、ヨシミは、学校へ行けなくなっていた彼女を、ここまでサッカーを楽しめるようにさせてくれたCA富士というクラブに感謝する気持ちになった。

感想
 応援したいと思う人ができた。外に出て、大声を出せる場所が見つかった。えりちゃんが、復活できたのは、この二つだと思う。
 えりちゃんは、以前のままだったら、大学での人間関係を変えることはできなかっただろう。えりちゃんが大学での周囲の人の考え方を変えることは、容易にはできない。そうかといって、えりちゃんが、周囲の人たちと同じような感覚になることも難しい。そうなると、孤立するか、自分の本心を徹底的に隠して生活するかしかない。
 えりちゃんは、大学以外で、他の人に関心を持つ場を見つけた。さらに、スタジアムでサッカーの応援をすることで、自分の感情を思う存分発散することができた。応援するチームがあり、時々スタジアムに行くことができれば、大学での人付き合いは、表面的なものでもかまわなくなったのだと思う。
 学校や職場で人間関係に行き詰った場合に、好きなサッカーチームをつくり、応援するのは、効果のある方法だと感じた。
 他人に関心を持ち、好きになった人を応援するのは、自然でしかも生きることを楽しくする感情だ。応援する対象が個人にとどまらず、チームとなれば、応援する方の楽しさはますます増す、と感じた。

 ヨシミは、えりちゃんの応援行動よりも、深い所を望んでいるような気がする。そのチームを好きになるというだけでなく、応援するチームの成長と勝利を望むようになっている、と感じる。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第4回2017/1/27
第1話 えりちゃんの復活④

あらすじ
 ヨシミが目を止めた男性は、初対面のヨシミを宅飲みに誘った男だった。それは、鶚が不甲斐ない負け方をした日、おかしくなっていたヨシミが自分から声をかけた鶚のサポーターの男だった。でも、結局ヨシミは、その男の誘いには乗らなかった。
 スタジアムの喧騒の中で、ヨシミは、えりちゃんに、鶚が情けない試合をするたびに別の気晴らしを始めたことと、その男にもついていきかけたことを話した。
 えりちゃんは、自分が大学に行けなくなったのは、えりちゃんの友人が、えりちゃんの彼氏とできちゃったことを相談しているのを聞いたのが、きっかけになったことを話した。
 オスプレイ嵐山(鶚)と富士の試合が始まったが、観ていてじりじりするような内容になっていった。

感想
 サッカーに限らず、何かの競技でチームなりプレイヤーなりを真剣に応援したことがないので、不甲斐ない試合にイライラするなら、そのチームを応援することを止めればよいのにと思う。
 でも、応援するチームにイライラするのも効用があるのかもしれない。チームのことに腹を立てている間は、自分に降りかかってくるストレスを忘れられるかもしれない。
 また、えりちゃんは、応援するチームや選手のプレイに魅力を感じているわけではなさそうだ。選手のプライベートや、スタジアムの開放的な雰囲気に魅力を感じているようだ。
 もし、どちらかのチームが劇的な勝利を収めたら、この二人はどう反応するのだろうか。勝った方が喜び、負けた方が悔しがるのだろうか。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第3回2017/1/20
第1話 えりちゃんの復活③

あらすじ
 オスプレイ嵐山(鶚)を応援することに嫌気を感じ始めているヨシミは、不振が長引く鶚を応援し続けている人たちがどんな気持ちなのか、不思議にさえ感じている。えりちゃんは、試合が始まる前から、スタジアムで売られているおにぎりをおいしそうに食べ、CA富士の選手について楽しそうに話している。それに比べ、ヨシミは、鶚への不満を周囲のサポーターにぶつけたい気持ちになっている。
 試合開始前に、トイレに行ったヨシミは、見覚えのあるヨシミと同い年くらいの男性に目を止めた。

感想
 チームのサポーターになることは、サポーター同士も結びつきができるのだろう。そうなると、一人で応援しているのと、応援団の一員になるのとは違いがありそうだ。
 ヨシミも、えりちゃんもまだサポーター同士で親しい人はいないようだ。

 勝ち続けるチームには、応援する人も多い。弱いチームを応援し続けるには、それなりの我慢がいるのだろう。だから、弱いチームを長年応援し続ける人は、強いチームを応援する人よりもそのチームや選手への思い入れは強いはずだ。
 二部リーグ、しかも弱いチームを応援することは、大勢に流されず自己の好みを貫くタイプの人には、格好の活動なのであろう。

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