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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 重松清作 連載小説『ひこばえ』の感想

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第113回2018/9/25 朝日新聞
 
 姉は、父について次のように言っていた。
 「思いつきでなんでもやるのよ。で、たいがい失敗しちゃうの」(1回)

さらに、小学六年生の洋一郎に向かって言っていた。

 「そういう性格って、父親から息子に一番しっかり受け継がれるんだから」(1回)

 
父から息子へ受け継がれるもの、それは、母から子どもへのそれと違う気もする。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第112回2018/9/24 朝日新聞

 父についての記憶がほとんどないと、洋一郎は言う。だが、こいのぼりを飾ってくれた日の父を覚えているのだから、父についての思い出がまったくないわけではない。また、別れた父がどこかで暮らしていることを思うはずだ。さらに、父を否定する言葉だが、姉からはたびたび父のことが話題にされていた。
 そういう状況なのに、実の父について今まで無関心だった。さらに、死んだ父の部屋を見て、意外な発見をし始めている。こうなってようやく、実の父のことを深く考え始めたようだ。
 実の父のことを考えるためには、姉に確かめなければならないこともあるはずだ。また、妻にも相談しなければならないことがあるはずだ。

 一人暮らしの父は、毎年毎年、自分の家族だった妻と子の誕生日を特別な日として迎え、それぞれの年齢を確かめるように書き込んでいた。この老いていく父の気持ちに、実の父に無関心だった洋一郎の気持ちよりも私には共感できる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第111回2018/9/23 朝日新聞

 「嘘だろ‥‥」は、二回目だ。※一回目は、105回で、父の携帯に母と姉と自分が電話番号なしで登録されているのを見たとき。
 今回の洋一郎のこの「嘘だろ‥‥」は、納得できない。父の携帯に自分たちの名前が登録されていたことから、察することがあったはずだ。
 私が洋一郎なら、次のように考えただろう。
 父は、会うことがなくなっても、母と子どものことを気遣っていた。だが、「洋一郎」でなく「吉田洋一郎」と登録している。これは、何を意味するのだろうか?
 これぐらいのことは、携帯の登録から考えると思う。

 どだい、別れた父にまったくの無関心で今まで過ごしきた洋一郎の方が不自然な気がする。
 父の方は、自分に責任があるのだが、妻と子と別れたいという気持ちがあったようには見えない。そのことを、主人公は何も考えていない。これも、不自然な気がする。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第110回2018/9/22 朝日新聞

 私は、今年七十歳になった。親はすでにいない。だが、自分のこれからのことを思うとき、また、この年になって我が子のことを思うときは、親と自分とがどうだったかを思い出す。
 私が子だったときは、子が高齢になっても、親にはその認識が薄かった。八十歳の親が六十歳の子(私)を子ども扱いするのだ。子の立場のときは、ずいぶんと理不尽なことだと思った。
 でも、今は四十代の私の子は、きっと、私に対して「いつまでも子ども扱いするな」と思っているだろう。
 子にとって、親は、人生のあらゆる場面で、ひとつのモデルになる。
 洋一郎には、「父」というモデルが欠落しているのだろう。

 今までの回でも出てきたが、事情があるとはいいながら、父の顔をまったく思い浮かべることができないというのは、なんとも寂しいというか、歯がゆいというか、そんな感情なのだろう。川端さんに、似ていると言われたときの洋一郎の反応が、洋一郎の心理をよく表している。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第109回2018/9/21 朝日新聞

 石井信也の人物像として、今までは、金にだらしのないどうしようもない男という面が強調されていた。だから、洋一郎の母が離婚してさらに再婚したことによって、洋一郎も姉の宏子も安定した生活を送ることができたと受け取れる描き方だった。
 洋一郎が、片付け始めている遺品からは、家族と一緒の安定した生活を送ることのできない孤独な男というイメージが浮かんでくる。おそらく、離婚してもギャンブルから抜け出すことはできなかったと思う。ギャンブルのためなら、家族も顧みないのは確かだったろうが、だからといって、妻と我が子に愛情を持てないかというとそうでもないような気もする。
 洋一郎の父(石井信也)の晩年の十年間は、ギャンブルをしていた形跡はないが、それはこれから明らかになるのだろうか?

 もし、父が孤独好きのギャンブラーだったとしたら、洋一郎にもその血が流れているはずだ。洋一郎は、逆に安定した家庭生活と安定した職をなによりも大切にするおもしろみのない男として描かれているようだが、果たして、そうなのか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第108回2018/9/20 朝日新聞

 洋一郎の父の今までを振り返ってみた。※各回の断片的な記述から年齢を類推した。
①母(智子)と離婚 1970年 父(石井信也)35歳
②母が長谷川隆と再婚 1975年 父40歳
③父が和泉台ハイツ入居 2008年 父73歳
④父が公園で倒れ、病院に運ばれるが意識を取り戻すことなく死亡 2018年 父83歳
 石井信也が家族を捨てたのが三十五歳のときで、和泉台ハイツに入ったのが七十三歳であろう。洋一郎が父の遺品からたどっているのは、父が七十三歳以降の十年間のことだ。
 石井信也が、母と離婚して和泉台ハイツに入るまでの三十八年間はまだまったくの謎だ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第107回2018/9/19 朝日新聞

 洋一郎のことを凡庸な人物を感じていた105回感想が、違っていた。のこされたレシートからこういうとらえかたをする男はいない。しかも家族を捨てて出て行った亡き父の行動を、このように再現しようとするとは、驚きだ。
 また、死んだ父の朝食のメニューにも驚かされる。これは、今の働き盛りの単身者のありがちな食事よりも、よほど味と栄養に工夫している。
 亡き父(石井信也)そして、その息子(長谷川洋一郎)に暮らしを楽しみ、暮らしを大切にする心情を感じる。ただし、亡き父は、高齢になってからのことしかわからないのだが。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第106回2018/9/18 朝日新聞

 洋一郎は、死んだ父の部屋を見てきたことを、妻にまだ言わない。姉にも、父の遺骨のことや部屋のことを話してもいないようだ。不思議だ。
 死んだ父のことを知りたいと洋一郎は思い始めている。父のことを知るためには、離婚前とはいえ、最大の情報源は母のはずだ。父の死を、母には一言も話していないし、話そうという気もない。これも不思議だ。
 不思議だが、洋一郎の立場になれば、私も洋一郎と同じようにするだろう。
 妻には、実の父との事情は既に話した。そして、それ以外では、父のことを話題にしたこともない。死んだ父の部屋がきちんとしていたことを、娘の出産のことで忙しい妻に話してもしかたのないことだ。
 姉に、大家さんとの会話や遺骨や部屋のことを詳しく報告しても、姉はそんなことに全く興味を持たないだろう。姉は、遺骨は合祀、遺品は処分と言うに違いない。
 母に改めて、別れた父のことを訊ねるのは、辛かった過去を思い出させることになる。高齢で、再婚相手の連れ子のもとで暮らしている母によけいな心配はさせたくない。


 川端久子さんの話と、父の部屋の様子から、晩年の父、別れてからの父のことがよけい謎に包まれてしまった。父のガラケーへの着信が、それを解くカギになるのだろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第105回2018/9/17 朝日新聞

 前回の感想で、洋一郎という人物のイメージが浮かんでこないと書いた。
 洋一郎は、大学時代の友人二人に好かれ信頼されて、今でも交流がある。だが、その友人の一人である佐山に心の内を打ち明けられても共感はしていたが、激しく感情を揺さぶられるようなことはなかった。
 自分の家族とも円満に中庸に接している。妻夏子との距離も付かず離れずの五十代夫婦の関係だ。仕事には真面目に取り組んでいるが、与えられた職場でベストを尽くすという様子だ。
 要するに、穏やかな人柄でバランスの取れた人間関係を保っている人物だ。今回の挿絵で主人公の表情が描かれているが、まさに挿絵の通り特徴がなく、すぐに忘れてしまいそうな顔だ。
 
 感情の起伏の少なかったその洋一郎が動揺している!

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第104回2018/9/16 朝日新聞
 
 主人公洋一郎の人物像が今まではどうにもイメージできなかった。今回の「なんだか、ひどく疲れてしまった。」という部分から洋一郎の人柄が伝わってくるように感じる。
 
 川端さんは、深みのある人物だと思う。初対面の洋一郎に向かって、川端さんは、まるで次のように諭しているかのようだ。
 「子どもの時以来会うことのなかったお父さんのことを、じっくりと考えてごらんなさい。そして、亡くなったお父さんの気持ちを思いやってみることが、あなたがこれから生きていく上で大切なことですよ。」
 川端さんの「部屋を見てほしい」という依頼は、見てすぐわかるような何かがのこされていたのでなくて、亡くなった老人(石井信也)の息子に、その部屋の片づけを時間をかけてじっくりとさせることだったのだろう。
 こういう発想をする川端さんにますます驚く。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第103回2018/9/15 朝日新聞

 がらんとした和室の中にあるがらんとした押し入れは、私にとっての父──顔すら思い浮かべられない父の胸のうちそのものだった。

 洋一郎の行動と気持ちには相反するものがある。
①父と過ごした思い出がわずかだ。
②父が家を出て行ってから父のことを気にしたことがほとんどない。
③父と離れ離れになっていた四十年間に父の消息を知ろうとしたことがない。
④父が死んだと聞いても悲しみも感慨もわかない。
⑤父の遺骨を引き取る気になれない。

⑥こいのぼりを飾ってくれたこと、いっしょにタバコ屋に行ったこと、このことは細部まで覚えている。
⑦姉が父のことを悪く言うときに同調しない。
⑧父が死ぬ前に暮らした部屋を非常に細かく見ている。

 ①~⑤は、実の父に無関心であり、父を拒否する行動と心情だと思う。一方、⑥~⑧は、父のことを知りたい、父の実像に迫りたいという行動と心情なのではないか。そして、上に引用した表現には、「父の胸のうち」を知りたいという洋一郎の気持ちが表れていると感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第102回2018/9/14 朝日新聞

 洋一郎の実の父がどうゆう人であったかは、描かれたようでいて詳しくは書かれていない。洋一郎の姉がたびたび父のことを悪く言っているが、どんな最低なことを家族にしたのかは具体的には出てきていない。
 洋一郎が、父が死ぬまでの十年間を過ごしたアパートの部屋を見る限りは、ギャンブルをやっていた様子はないし、部屋代を滞納したこともない。父は、ギャンブルは止め、さらに、金にだらしがないという性癖も変えたと見るしかない。
 松尾あつゆきの句集については、図書館の本ということであれば、最近読み始めたのか。このような句集を読み始めた時期はわからなくても、死ぬ間際の父が、原爆句集に共感する心境になっていたのは確かなのだと思う。
 洋一郎が、図書館に本を返却にいけば、父の最近の読書傾向がわかるかもしれない。

 親が死に、子の手元には遺骨や遺品が残る。丁寧に遺骨を墓に収め、遺品を整理しても、親から伝わるもの、気質や体質はなくなることなく、色濃く子に遺伝する。それは、子が親を拒否して、親の遺骨さえ引き取らなくても、同じだ。
 洋一郎にも姉宏子にも父の気質や体質は受け継がれているのだと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第101回2018/9/13 朝日新聞

 これは珍しいことだと思う。独り暮らしの男性が几帳面に日常の家事をこなしている。
 洋一郎の父は、こういう生活の態度をどこで身に付けたのだろうか。
 父の暮らしぶりよりももっと珍しいことがある。それは、川端(大家)さんだ。アパートの大家というだけなのに、死んだ借家人の火葬や遺骨の面倒をみるだけでも良心的で珍しい人だ。さらに、死んだ人の部屋を遺族に見せるために、冷蔵庫の中を整理したり洗濯までしている。こんな例は、現実の社会では聞いたことがない。

 ギャンブル好きでお金にだらしなく、職を転々として、身内にさんざん迷惑をかけてきた挙句、遺骨すら引き取ってもらえなかったひとが、こんなふうに最晩年を送っていたというのが、どうにもピンとこない。

 主人公のこの思いは、読者の思いでもある。
 死んだ父の枕元の句集が、その謎をとくのであろうか?

 洋一郎は『ハーヴェスト多摩』の施設長なので、高齢者の住まいと暮らしについては熟知している。しかし、洋一郎が知っているのは、家族もいて知人も多い、経済力のある高齢者であろう。
 死んだ実の父は、孤独で経済的にも恵まれない高齢者だ。洋一郎は、自分が管理する施設の入所者と、高齢者向きとは思えないアパートに住んでいた父を比べて考えるであろうか?

 洋一郎は、家族の中で「父親」としての存在感を見いだせないでいる。洋一郎は、義父に「父親」を感じることができなかったようだ。では、死んだ実の父に「父親」を感じることができるであろうか?
 洋一郎は、こいのぼりをかざってくれた父を覚えている。その思い出序章 あらすじの中では、父は子(洋一郎)にとって存在感のある父、すなわち「父親」であったのではないか。
 死んだ父の今まで知らなかった姿が浮かび上がってくれば、洋一郎は自身の思い出の父こそ、「父親」という存在であったことに思い至るのであろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第99回2018/9/11 朝日新聞

 洋一郎の心情がだんだんに明らかになる。

 父が暮らした部屋を細部まで観察し、その部屋の家具の配置やのこされている生活用品から、父の暮らしと父の思いを再現しようとしている。それは、まるである種の捜査のようであり、プロファイリングのようでもある。
 洋一郎には、姉を介して頼まれたことをいやいやながらだが、やろうという感じがあった。だが、父の部屋を見ている洋一郎に、それを義務でやっている感じやサッサと済ませようという感じはまったくなくなっている。
 
 むしろ、生きていた時の父の暮らし方や思いをなんとか再現しようという気持ちが感じられる。

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