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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 重松清作 連載小説『ひこばえ』の感想

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第328回2019/5/5 朝日新聞

 
あのシェアハウスはよかった。いろいろな国の若者と八十代の小雪さんが一つ屋根の下で暮らしているというのが、とにかくいい。小雪さんは、彼らが一丁前のおとなになるのを見届けることはできないだろう。けれど、彼らは小雪さんと暮らした日々を決して忘れはしないはずだ。おとなになった彼らが、もっと若い世代に「学生時代にシェアハウスに住んでたとき、小雪さんっていう豪快なばあちゃんが同じ家にいてさ……」と語っていけば、小雪さんの存在は未来へと受け継がれていく。

 
ある人の人生が、後の人に受け継がれていく。このことの価値は、誰しも認めるであろう。
 だが、ごく普通の生き方をした人の人生が、誰の心にどのように受け継がれていくか、これは難しい。佐山夫妻と、小雪さんは、自分の生き方がいわば他人の中に受け継がれていく実感を得ていると感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第322~327回2019/4/29~5/4 朝日新聞

ああ、これも、ひこばえなんだな――。(327回)

 親から子へ、そして孫へという従来までの命の連鎖は、佐山夫妻の場合は絶たれていた。だが、命を繋げていきたい、他の人の命のために役に立ちたい、この思いが消えることはなかったのが分かる。
 佐山夫妻の「よしお基金」の活動が一人の少年の命を救ったということ以上に、その出来事に励まされて、生き生きした表情を見せるようになった佐山夫妻に心打たれる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第320回2019/4/27 朝日新聞

「ミッションをクリアした感じだったな。よしこれで親父(おやじ)のことは完了、意外とあっさりすんで、めでたしめでたし、って」

 あはは、と笑う。今度もまた、ブラックジョークの類(たぐい)ではない素直な笑顔だった。

 
こういう感覚がすべてではないが、すごくよく分かる。父の最後の最後についての紺野の「ちょうどいい長さだよ」についても、違和感や反感を感じない。
 こういう紺野の感覚に違和感を感じない私の感覚は、親にたいして冷たいのか?或いは、息子としての都合だけを優先しているのか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第319回2019/4/26 朝日新聞

 紺野は、独身。早期退職し、独身男性の両親介護への道を歩むはずだった。それだけに、紺野の父の死の、「これで将来の心配事が一つ減ってくれたわけだ」は、実感なのであろう。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第311~318回2019/4/18~4/25 朝日新聞

 小雪さんは、気風のよい女性だ。
 しかも、自分の最期への覚悟ができている。
 これは、本人の気質もあるが、長年の商売で培われたものであろう。そして、商売をやめてからも、他の人、自分以外の若い人のためにすべきことがあるというのが、大きいと思う。
 私も、小雪さんの「父が母をどう思っていたか」の話は嘘だと思う。そこが小雪さんの他人のためを考えることができる表れだと思う。
 だが、シェアハウス実現までの設定は、あまりに恵まれすぎている。こんな条件のよいことは考えづらい。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第303~301回2019/4/9~4/17

 高齢者として、老人みんなを一括りにされてはたまらない。後藤さんもノブさんも困った人ではあるが、それぞれの人生があった。
 ハーヴェスト多摩は、理屈としては理想の高齢者住宅だ。でも、洋一郎が思う通り後藤さんにとっては、終の棲家としてはふさわしくない。
 ノブさんが死ぬまで住んだ和泉台ハイツは、老人の一人暮らしとしては条件がよいとは言えない。だが、ノブさんは、そこで落ち着いて彼らしく暮らしていた。
 今までの二人とは違う高齢者の暮らし方をしている小雪さんが登場した。そのシェアハウスは、ずいぶんと条件に恵まれた設定になっている。ちょっと、理想的過ぎるがどう発展するのだろう。


 父親失格でない人が、今の世間にいるのだろうか?
 息子を独立した人格として認め、息子の自主性を大事にして息子の個性を伸ばす育て方をする。老いた父は、息子に尊敬されながら息子とは別の暮らしをする。
 そういう父親が父親合格なのか?そんなのは、嘘くさい。
 父親だれしもが、後藤さんの要素を持っていると思う。ただ後藤さんは、息子の学校での成績や就職先、そして自分の会社での位置に重きを置き過ぎている。そこが、つまづきの原因であり、立ち直れない理由だと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第298~302回2019/4/4~4/8 朝日新聞

 後藤さんは、洋一郎に自分の情けない部分を全て打ち明けたと思う。もし、これ以外にもっと何かあったとしても、それは後藤さん自身も気づいていないことであろう。
 息子と奥さんへの虚勢が消えてからの後藤さんの生き方は、父親として失格というだけでなくて、人としての生き方に問題があったと思う。

 後藤さんの過去が明かされても、読者として何かすっきりしない。それは、今までの疑問が消えないからだ。
①後藤さんは、なぜ洋一郎に全てを話したのか?
②今の後藤さんの息子への本心は?
③後藤さんの話を聞き終わった洋一郎の気持ちは?

 息子に賭けた父親の生き方が示されたが、それと洋一郎の父の生き方は違うものとして描かれるのだろうか?

 後藤さんの打ち明け話を聞いている時の洋一郎の冷たい感情が、気になる。後藤さんのことをただの入居者として扱えなかった今までの気持ちと矛盾するように思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第297回2019/4/3 朝日新聞

 ここまでのことを、洋一郎に打ち明けるのはどんな心境なのか?そして、父親を見限った息子のことを、現在でも自慢し続けるのはどんな心境なのか?
 単なる見栄ではないだろう。そうしなければ、後藤さんは、自分が今、生きている意味を見いだせないのかもしれない。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第296回2019/4/2 朝日新聞

 我が子の育て方、親と子の関係、これを間違ったつけは大きい。

 後藤さんは自分の弱さを打ち明けることで、ほんとうは、もっと弱い自分を隠して、ごまかしている。

 洋一郎のこの見方は正しいと思う。もし、後藤さんが、この時に自分の弱さを、妻と息子にすべて晒すことができたなら、現在のような息子との関係にはならないと思う。

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