カテゴリ: 重松清作 連載小説『ひこばえ』のあらすじ

朝日新聞新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第十章 迷って、惑って あらすじ 

 父の四十九日の法要を六月二日に行うことになったとの連絡が、川端久子さんからあった。これは、川端さんが、昭雲寺の道明和尚と相談して決めたもので、洋一郎には事後報告だった。法事には、洋一郎の妻の夏子と息子の航太も参列すると言い出した。

 ハーヴェスト多摩では、スタッフが一堂に集まってケア・カンファレンスが開かれている。その会議では、後藤さんのことが議題となり、多くのスタッフが後藤さんのことが嫌いになったと施設長の洋一郎に訴える。後藤さんには、悪気はなく、むしろ本人はよかれと思って言うねぎらいや慰めのつもりの言葉や態度が、現場のスタッフを傷つけ怒らせてしまうのだ。
 スタッフから後藤さんについてのクレームがこれだけ多く出のに、洋一郎は、後藤さんの息子にこのことをすぐに連絡する気持ちにはなれず、どう扱うべきか迷っている。迷った末に、後藤さん本人に、施設長として、釘を刺すことにした。
 洋一郎は、外出帰りの後藤さんをファミレスに誘い、一緒に酒を飲みながら話を始める。酒が入って、気持ちを許したのか、後藤さんから、自分がゴミ屋敷の主としてテレビで紹介されたことを話し始める。後藤さんは、息子の将也くんが独立してからは奥さんと二人で自宅を守ってきた。その奥さんが五年前に六十三で急病で亡くなった。それ以来、後藤さんは、自宅のゴミさえ片付ける気力を失ってしまい、テレビで紹介されるまでになってしまったのだという。
 洋一郎は、後藤さんに諄々と説き、後藤さんも素直に聴くのであったが、後藤さんの酒のペースはどんどん速くなる。後藤さんは、話の中で、息子にゴミ屋敷のことで怒られたことや、奥さんの位牌まで取り上げられたことを話す。
 ハーヴェスト多摩で疎んじられる後藤さんと、別れた妻子に会わずじまいで逝った父、洋一郎にはこの二人が似ているように感じられる。
 洋一郎が、釘を刺したはずの後藤さんは、帰室してからもチューハイを飲み、館内禁煙なのにタバコを吸い、吸うだけでなく、酔いのせいか自室の煙感知器を試してみようとタバコを機器に近づけて、発報させるという騒動を起こす。
 これには、さすがに洋一郎も、後藤さんの息子に電話をかけるしかないと、決心する。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第九章 トラブルメーカー あらすじ

 後藤さんが、ハーヴェスト多摩に入居して二週間が経った。
 後藤さんのファースト・インプレッションは非常に悪い。同じ館の入居者からは、後藤さんが館内のゴミ出しのルールを守らず、注意をしてもすぐに守れなくなると苦情が出る。
 施設のスタッフからは、後藤さんを生理的に受け付けないという声があがる。多くのスタッフは、後藤さんから、ひどい態度を取られるとか失礼なことを言われるというのでなく、むしろ逆に励まされたり慰められたり同情されたりするが、言われた方は、その言葉のいちいちに神経を逆撫でされると、施設長の洋一郎に報告があった。
 その後藤さんが、食堂で飲み過ぎて酔い、相手をしてくれていた入居者を辟易させ、さらに、食堂中の入居者に、自分で買い込んであった酎ハイを持って来て振舞おうとした。これで、その時に食堂にいた人全員からヒンシュクをかってしまった。この大騒ぎの時は、洋一郎は、施設にはいず、副施設長が事を収めてくれた。

 洋一郎に、西条真知子さんから、今、神田さんと一緒に居酒屋にいるという連絡が入る。洋一郎は、その居酒屋に向かい、二人と会う。
 父の携帯に登録してある連絡先の約半数の番号に、真知子さんは父の携帯から電話をかけてみた。その結果は、多くは着信拒否であり、電話に出た人も、喧嘩腰の返事だったりし、父が死んだことを伝えても、お悔やみの言葉など全くなかった。
 一方、同席している神田さんは、父の遺骨をトラックの仮眠スペースに置いて、函館から室蘭、苫小牧を回ってきた、と話した。さらに、神田さんの口から、父がよい評判ばかりの人ではなかったという話が出てきた。どうやら、神田さんも父へ金を貸して踏み倒されたことがあったようだ。しかし、神田さんは、そういうことがあっても、父のことを友だちだったと今でも思っている。
 話の終わりに、神田さんは、洋一郎に、「どんな親だろうと‥‥親は、親だ。」と静かに言った。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第八章 ノブさん あらすじ

 神田弘之さん(トラックドライバーで父とは釣り仲間)、西条真知子さん(父が相談していた自分史の担当者)、それに加えて、川端久子さん(父が住んでいたアパートの大家)、田辺麻美さん(父がよく行っていた和泉台文庫のボランテェア)が、父の遺骨のある寺に集まった。この人たちを、洋一郎が呼んだわけではない。線香を上げたいと言い出した神田さんがきっかけとなり、真知子さんも同行したいと言い、さらに、遺骨のある寺の道明和尚が川端さんと田辺さんに、連絡を取ったものだった。
 神田さんは、お経を聞きながら、父のために泣き出し、参列の人たちもそれぞれに父の死を悲しんでいる。醒めた思いでいたのは、洋一郎だけだった。神田さんは、そんな洋一郎の様子を見て、息子として何か思わないのか、と迫る。洋一郎は、それに対して、父の死になんの感情もわかない、と答えるしかなかった。
 また、父が自分の名前の信也を、シンヤとノブヤで使い分けていたらしいことが、皆の話題になる。
 読経も終わり、洋一郎が帰ろうとすると、神田さんは、遺骨を洋一郎の家に置いてやれ、と言い出す。洋一郎は、それも断る。
 神田さんは、父の遺骨を預かり、父に海を見せてやると言い出して、結局、父の遺骨を借りていってしまう。また、真知子さんは、父のことをさらに知りたいからと、父の携帯を洋一郎から借りていくことになった。

 洋一郎は、母に、母の日のプレゼントを送り、久しぶりに電話をする。(母に、実の父の死を知らせることは、姉からかたく止められていた。)
 義理の息子家族と一緒に住んでいる母は、義理の息子に遠慮をしながら暮らしている様子が、電話の内容から伝わってくる。母が、義理の息子家族に、よくしてもらっている、と言えば言うほど、洋一郎は悲しく、悔しくなる。そして、その原因が結局、実の父に行き着いてしまうと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 七章 父の最後の夢 あらすじ

 多摩ハーヴェストに、新しく入居する後藤さんが事前に挨拶に来た。後藤さんは、費用を息子が出すし、条件のよい部屋へ入ることになっている恵まれた入居者だ。だが、本人は入居に気乗りがしない様子だった。
 新しい入居者のことを心配している洋一郎の携帯に着信があった。携帯は父の残したものであり、電話をかけてきたのは、西条真知子さんという自分史の編集・ライターをする人だった。
 事情が呑み込めない洋一郎は、この西条さんに会うことにした。そして、西条さんから、洋一郎は父の最後の夢を聞かされることになった。
 父の最後の夢とは、自分史をつくることだった。しかも、その自分史への父の要望が変わっていた。つくるのは一冊だけで、その一冊を団地の図書館に置くと言う。さらに、父は、その自分史を、ライターである西条さん一人だけが読んでくれればそれでよいと言ったというのだ。
 洋一郎は、父の自分史のことはこれ以上は進められないと断るが、西条さんは諦めない。西条さんとの押し問答をしているさなか、また、父の携帯に着信がある。
 今度の電話の相手は、神田弘之さんという人で、父の古くからの友人だと言う。この神田さんは、父のことを「ノブさん」と呼び、流しのトラックドライバーをしている人だった。「ノブさん」の死を、洋一郎から知らされると、神田さんはせめて遺骨に線香を上げたいと言う。その話を西条さんに告げると西条さんもまた父の遺骨に線香を上げたいと言い出した。洋一郎は、この二人の申し出を断るわけにいかなかった。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第六章 カロリーヌおじいちゃん あらすじ 

 父が借りていた『原爆句集』を返却するために、洋一郎は、和泉台団地にある「まちの小さな図書館」和泉台文庫を訪ねた。その図書館では、ボランティアの司書をやっている田辺さん母子(母、麻美・娘、陽菜)が洋一郎と大家(川端)さんを迎えた。
 田辺さんは、父、石井信也がこの図書館では、カロリーヌおじいちゃんと呼ばれていたこと、それは、父が、和泉台文庫で、『カロリーヌとおともだち』という童話を見つけ、涙を流して懐かしがり、何度もその童話を読んでいたことからつけられたあだなであることを、話してくれた。
 カロリーヌシリーズの童話と聞いて、洋一郎にある記憶が蘇った。カロリーヌの童話の本は、幼い頃の私と姉に、母が買ってくれたものだった。そして、私よりも幼かった姉が、カロリーヌの本に夢中になった。
 童話の本を和泉台文庫に来るたびに読み、イベントの一つである朗読劇にも、頼まれて、父は出演していた。だから、和泉台文庫に来ていた父には、いいおじいさんのイメージしかなかった。
 そのイメージに耐えられなくなった洋一郎は、田辺さんに、父と私──そして母や姉の関係を説明し、「ひどい父親だったんですよ」と言わずにいられなかった。

 洋一郎は、姉に、父がカロリーヌの本を懐かしがり何度も読んでいたことを伝えた。姉は、感激するどころか、全く興味がないと言い切った。さらに、洋一郎が、携帯電話のアドレス帳第四章あらすじやカレンダーのこと(カレンダーに、母と姉と洋一郎の誕生日が書き込まれていた)を話すと、無言で電話を切ってしまった。

 洋一郎は、妻(夏子)に父が死んだこと、遺骨のことを話した。夏子は、何か面倒なことに巻き込まれないかを心配し、遺骨を引き取ることについては反対した。
 洋一郎は一人で、幼かった姉と自分がカロリーヌの本を読み、そこに母も父もいる光景を思い出し、懐かしいなあ、とつぶやく。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第五章 息子、祖父になる あらすじ 

 洋一郎は、大家さんに勧められるまま父の部屋へ通って、遺品整理を時間をかけてやり続けている。父が食べていた物、父が着ていた服、父が読んでいた本などが分かってくる。のこされた本の中では、『原爆句集』と『尾崎放哉全句集』が洋一郎の目を引く。父は、尾崎放哉の作品を特に熱心に読んでいたことが分かる。
 職場にいても、亡き父のことを考えながらも、初孫の誕生を心待ちにしている洋一郎に、いよいよ孫が生まれそうだという電話が妻から入る。
 洋一郎が出産に立ち会うのは妻と娘から断わられたが、二〇一八年五月五日、美菜は男の子を無事出産した。産院で孫を抱いた洋一郎は、赤ん坊が小さくて、やわらかくて、熱いことに驚き、体は軽いのに、重さを感じる。
 初孫の顔を見て、家に戻る洋一郎が寄ったのは父の遺骨を預けてある照雲寺だった。住職の道明和尚は、洋一郎が再び来るだろうことがわかっていたと言う。洋一郎が初孫の誕生を和尚に告げると、和尚は父の遺骨の前にビールとグラス二つを用意してくれた。洋一郎は、グラスの一つを遺骨の前に置き、自分はもう一つのグラスで飲み始める。ビールを飲みながら、洋一郎は、初孫が生まれたこと、洋一郎の家族のこと、母と姉のこと、それらを、父の遺骨へ向かって語りかけた。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第四章 和泉台ハイツ205号室 あらすじ

 洋一郎は、話す言葉を慎重に吟味して、父が死ぬまで暮らしていたアパート(和泉台ハイツ205号室)の大家(川端久子)さんに電話をした。電話で連絡のついたその日に川端さんと会い、父の部屋を見せてもらうことになった。
 待ち合わせ場所に現れた川端さんは、洋一郎を父の遺骨を預かってもらっているお寺に案内した。お寺の住職さんから遺骨についての説明を聞き、川端さんからは、父の遺骨を手元に置いてあげてはどうか、と勧められた。洋一郎は、父の遺骨をどうするか、はっきりとした返事ができなかった。
 お寺から父が借りていた部屋へ向かう途中、川端さんは、父が二、三年前までは工事現場で働いていたこと、家賃は遅れたことがなかったことを話してくれた。
 父の部屋には、『男はつらいよ』のDVD、池波正太郎の本などがのこされていた。その中に『原爆句集 松尾あつゆき』があり、それを見つけた洋一郎は、亡き父がどんな気持ちでこの句集を読んだのか、図りかねて唖然として呆然となった。
 部屋の中は、一人住まいの高齢の男性にしては、こぎれいでよく整頓されていた。
 川端さんは、この部屋に通ってきてゆっくり部屋の片づけをすることを洋一郎に勧めた。洋一郎も川端さんの言うとおり、時間をかけて父の遺品を整理してみたいと思った。
 川端さんは、別れ際に、父が使っていた携帯電話を洋一郎に渡した。その携帯電話のアドレス帳には三十人ほどが登録されていた。その末尾近くに、母<吉田智子>と姉<吉田宏子>と私<吉田洋一郎>の名前が電話番号なしで登録されていた。それを、見た洋一郎は、「嘘だろ‥‥」と声を漏らした。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第三章 父、帰る あらすじ 

 洋一郎に姉(宏子)から電話が入る。その内容は思いがけないものだった。出て行ったまま会うことのなかった実の父が死んだという。
 父(石井信也)は、一人暮らしをしていて急死したという。親類からも厄介者扱いされていた父が死んで、アパートの大家(川端久子)さんが立ち合い、火葬とささやかな葬式を済ませたという。
 その大家さんが、姉に、父が暮らしていた部屋を見てほしいと依頼してきた。死んだ父が暮らしていたアパートは、洋一郎の家の沿線にあり、洋一郎が父の暮らした部屋を見にいくことになった。
 
 洋一郎の母は、父と離婚し、実家のある備後で二人の子ども(宏子と洋一郎)を育てていたが、勧められて再婚をした。再婚相手は、長谷川隆で、妻(良江)をガンで亡くしていた。隆には、二人の子ども(一雄と雄二)がいた。この再婚同士の二人が一緒になったので、新しい家族は六人となった。
 隆(洋一郎にとって義父)は、五年前に八十歳で亡くなり、母は、備後市で、一雄と同居している。
 洋一郎は、自分の墓を考えると、長谷川家の墓に入ることはできないし、自分が育ち、母がいる備後に墓を建てるつもりにもなれないでいる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 二章 旧友の時計 あらすじ

 佐山が、洋一郎が施設長をやっている有料老人ホーム『ハーヴェスト多摩』の見学にやって来た。
 佐山夫妻は、五十代にして老人ホームに入りたいと思っていた。それは、一人息子を亡くしたことに起因していた。
 奥さんの仁美さんは、亡き息子の級友たちが成長する姿を見ることに耐えられなくなった。
 一方、佐山は、息子が級友に見殺しにされたという憎しみを忘れようとするが、どうしても思い出してしまう。
 その結果、仁美さんは、息子が生きていれば同じ年齢くらいの若い人たちを嫌うようになった。佐山は、息子の思い出と重なる子どもを見るのをキツいと感じるようになった。
 そこで、夫妻は、子どもも若者も見なくてすむ老人ホームに早く入りたいと考えたのだった。
 洋一郎は、現実的には五十代で入居すると、すでに入居している人たちとの年齢のギャップを埋めることが難しいことと、前払い金が割高になることを説明した。
 佐山は、洋一郎の説明を聞き、七十代、八十代になるまでは、老人ホームに入ることが非常に難しいことを理解し、早期に老人ホームに入るという気持ちを変えたようであった。

 別れ際に佐山が言った。息子が死んでからの夫妻の時間は、普通の時計ではなくストップウォッチだったと。それは、時間が経過しても、リセットボタンを押せば振り出しに戻る。つまり、時間が経っても、息子の死の時に夫妻の時間が戻ってしまう、と。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第一章 臨月 あらすじ 

 「私」(長谷川 洋一郎)と紺野と佐山は、大学時代からの友人だった。この三人が、顔を合わせたのは『よしお基金』の年次報告会だった。
 『よしお基金』とは、一人息子を亡くした佐山夫妻が起ち上げた基金で、AEDとAEDのトレーニングユニットを中学校や高校に寄付する活動を行っている。一人息子の芳雄くんは、中学校三年のときに、心室細動を起こして学校で突然倒れ、そのまま息を引き取った。学校にはAEDが設置されていたが、級友たちは誰も救命措置を取れなかった。佐山夫妻は、芳雄くんのような悲劇を繰り返してほしくないとこの活動を続けている。

 佐山は最初は公務員だったが、三十歳で税理士の資格を取り、四十歳のときに自分の事務所を起ち上げた。
 紺野は、広告代理店に就職し、その後にいくつかの会社を転職して今に至っている。彼は結婚していないし、子どももいない。彼の両親は八十を過ぎて、二人ともにあまり調子がよくないので、もうすぐ親と同居するのだという。さらに、もう二年経ったら選択定年で会社を辞めるつもりだと話す。
 洋一郎は生命保険会社に就職し、五十歳で関連会社に出向した。いまは、「ハーヴェスト多摩」という有料老人ホームの施設長をしている。彼は結婚しており、子どもが二人いる。娘の美菜は結婚二年目にして懐妊している。子が生まれれば、洋一郎にとって初孫となる。息子の航太は高校の教師をしていて、結婚はしていないので、洋一郎夫婦(妻、夏子)と同居している。
 洋一郎は、息子と娘、娘の夫と向き合って話すときには、いつも微妙なぎこちなさを感じてしまう。

 会合の別れ際に、佐山が、洋一郎に相談があると言った。

↑このページのトップヘ