カテゴリ: 要介護2

ベッドから見える窓に庭のエゴノキの大枝が見える。
昨日の午後、その大枝に一斉に花が咲いた。
横になったままで、エゴノキの花見ができた。

 犬の散歩をカミさんがやるようになった。
 買い物に行くと歩くスピードがカミさんについて行けなくなった。
 病院へ行くのにカミさんについて行ってもらうようになった。
 薬やレシートの整理をカミさんまかせするようになった。
 これらが重なると、それは能力の変化だったのだ。

 紙パンツにおしっこをもらす回数が増えて、カミさんは平然とそれを受け止め始末をしてくれていた。
 そんな頃、1週間分の薬のセットをカミさんがやってくれるようになった。薬の始末はずうっと自分でやってきた。カミさんがこれをやってくれたので、頼んだのでもないのにずいぶんと親切になったなあと思った。

 外来受診をした。
 体調はよくなかった。
 車いすの上で診察の時間を待つのが辛くて処置室のベッドで休ませてもらう。行き帰りは、介護タクシーだ。付き添いはカミさんだ。私は、ただ身体が運ばれるだけだ。
 それが辛くてたまらない。

 病気以前の状態に戻すという目標での「闘病」は、私になかったのだ。
 「病気にかつ」ことはありえなかった。その意味では、「がんにまけない」「がんを克服する」などの言葉や経験談は役に立たないどころか害にさえなった。
  すい臓を取った者がすい臓のあった身体に戻ることは、なかった。

 歩くのが遅くなったときは、筋力不足と思ってスクワットをした。いろいろな方法が紹介されているので、飽きないで続けられた。栄養バランスを考えた食事は完璧だった。
 手術後の健康維持は、外来受診のたびに医師からも栄養士からも絶賛された。
 どんなに手術後の状態がよくても限界がある。
 それに老いていくスピードは予想をはるかにうわまった。

 「闘病」は、勝つことができる場合だ。私は、根拠なく一生懸命やれば身体の状況を病気以前に戻すことができると思い込んでいた。

 要介護の認定を申請するときは、突然自分がそうなったと感じていた。
 しかしそうではなかった。
 申請にあてはまるようなことはかなり前からあった。夜間の失禁、階段で転ぶ、食事のあとに眠ってしまう、などがあった。そのときには、その一つ一つは、努力と工夫で改善できると信じていた。

 悪い方の片足も、加重はできないがかなり動かせる。その事実を自分で理解できたのはつい最近だ。無意識のうちに身体が反応して、移動していたのだ。
 車いすで暮らす者にはそれぞれに、それぞれの個性がある。
 そんなことは想像すらできなかった。

 食事や通院など以外は自由だ。車いすに乗ったまま長い時間を読み書きで過ごすのは身体的に無理だ。テレビは視力と聴力から長い時間は無理だし、元々好きじゃない。
 ラジオ番組を録音したものを聴きながら時間過ごす。まるで以前からこの過ごし方を想定していたみたいに、機器はたくさんある。車いす生活以前は、録音した番組を味わって聴く時間を作れなかった。それができるようになった。
 この楽しみがなければ昼間の時間をもてあましてしまう。

介護保険という大きなシステムの中で援助を受けている。
援助は予想を上回るものだ。
感謝の念が湧く。
しかし誰に感謝すればよいのか、感謝の相手の顔が見えてこない。
その点、カミさんをはじめ実際に世話をしてくれる相手にはひたすらに感謝だ。

この辺に割り切れなさを感じる。
そして、感謝の気持ちをもつことが本人の心地よさにつながるのは車いす生活者の特徴だ。

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