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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 本の感想

『病床六尺』 正岡子規
 子規は、次のように書いています。
 病気が重くなってくると、いろいろな問題が起こる。「死生」の問題は大問題だが、いったんあきらめてしまえば解決されてしまう。それよりも、大きな問題は病人の家族の問題だ。家族がどのように看護してくれるかが、病人の苦痛を和らげるか、またはより苦しい思いをしなければならないかを決める。
 
 これは、現代の病人にも当てはまる気持ちです。現代は、病気が重いときは、入院ということになりますが、その場合には、医師の診断と治療が中心になります。けれど、実際の入院生活を経験すると、看護師のはたらきが、入院患者の生活の質を決めることが多いのです。
 手術後の痛みに苦しめられた際には、お医者さんの処置が頼りです。でも、痛みが来そうなことを伝え、痛み止めが効いてきたことを伝える相手は看護師さんです。ただ、麻酔の薬に頼るだけではありませんでした。痛みの箇所と度合いを伝え、それを理解してもらう看護師さんの仕事が、患者の気持ちを楽にしました。

 子規の時代は、一家の主の看病はその家の女性がするのが当然だったと思われます。そのことは、現代とは違いますが、介抱、看病が病人にとっての「大問題」だというのは、よく分かります。

 そして、現代で入院をしている場合にも家族の看護ということは、病人にとって大きな要素になると思います。 
 それは、現代の日本のように、高齢者が多く、家庭の人数が減っている時代には、より深刻な問題になっていることを、実際に経験しました。今は、病人の看病や高齢者の介護は、看病や介護される方だけでなく、看病や介護する方にとっても大問題なのです。

病床六尺 正岡子規
 毎朝、テレビで国際ニュースを見ます。新聞を読みます。インターネットも使います。
 それなのに、世界への関心が広がっているかというとなんともいえません。世界への関心どころか、国内の出来事と地域の出来事に敏感になって、それについて物事を考えているかというと、それも怪しいものです。
 この頃は、広く物事を見るよりは、自分の興味のあることにしか目がいかなくなっています。

 子規の時代は、テレビはおろかラジオもありません。世の中の動きを知るには、新聞と書籍、そして見舞いに来る友人などとの話しかなかったようです。
 
 『病床六尺』には、身の周りのことや絵画や書籍のこと以外に次のようなことが取り上げられています。
 靖国神社の庭園の造りについて。近眼の人の不幸について。女に酒をのまない人が多いことについて。教師として真面目に働いても、家族を養うことができない経済の仕組みについて。今度大学を卒業した者の何人かが米国などの会社に入ることについて。
 そして、ただ珍しいこととして取り上げているだけでなく、子規自身の意見が述べられています。
 世の中の動きについて、関心を持ち、自分の考えを持つということは、情報をたくさん得られるということに比例しないのだと感じました。

薬のいらない体は酵素がつくる!』 鶴見隆史
 自分で、選んだ本でも、勧められた本でもありません。妻が、私の病後の食事のために、食品栄養素の本を選ぶときに、何かの参考になるだろうとついでに買った本でした。私は読もうと思っていませんでした。
 退院後は、自分でも食事に気をつけていたことは確かです。
 入院中の食事の特徴は、徹底して魚中心でした。それまでも、年齢や治療を続けていた生活習慣病の治療のためを考えて、食事の内容は変えてきていました。でも、生野菜を毎食摂ることはあっても、毎日魚を食べるということはしませんでした。回数からいうと、魚よりも肉が多く なっていました。ですから、最初のうちは慣れないというよりも驚いてしまいました。病院の食事は、毎日魚が出て、肉は週に1、2回だったのです。そして、そういう献立をだんだんと自然に感じられるようになりました。
 退院後も、それに近い食事内容が続いています。献立と、調理は妻なので、私は大きなことは言えませんが、入院中の食事内容を忘れないことと、入院中に受けた栄養士さんの栄養指導を守るようにしています。

 そんな気分から、この本も手にとってみたのです。さて、この本でなるほどと思ったことがいくつかありました。
 現在の食事は、揚げ物と脂身の多い肉は食べないので、脂質は、ずいぶんと少なくなっています。そうすると、さすがに脂質が不足するようです。そういうときに、青魚以外にはナッツ類やオリーブオイルが脂質を摂るには適しているらしいことが分かりました。
 生野菜はドレッシングは使っていないので、オリーブオイルを少量かけることと、無塩のアーモンドを量を決めて食べることをやってみています。

 こういう献立は、健康第一というよりも、今までと違うおいしさを感じるようにしています。

 話題は変わりますが、この本のようにお手軽に読めて、読者の疑問に対する答えだけが書かれている体裁になっている本が、よく買われるということは、よい風潮ではないと思います。読者のひとりとして反省しなければならないと思います。
 今回の私のような食事についての疑問は、個別の事情に基づいたものですし、著者もそれについては個別に指導助言するようなケースだと思います。
 不特定多数の人々をまとめて健康にするような方法が、1冊の本にすべて書かれていることなどありえないと私は思います。 

病床六尺 正岡子規
 病気の苦しみが表現されています。
ここに病人あり。体痛みかつ弱りて身動き殆ど出来ず。頭脳乱れやすく、目うるめきて書籍新聞など読むに由なし。まして筆を執つてものを書く事は到底出来得べくもあらず。

もうかうなると駄目である。絶叫。号泣。ますます絶叫する、ますます号泣する。

 
三十八、三十九は、苦しみと救いのない病状が短く綴られています。
 どこかに救いを見つける。あるいは、心の内を綴ることによって苦痛を減ずることができる。そういうものは見つかりません。
 宗教も、病苦を味わった人からの言葉も子規の苦しさを救いません。麻酔剤も効かなくなり、死ぬ方がましであるが、殺してくれる者もいないとまで書かれています。
 だが、なにか分かりませんが、決然としたものを感じます。四十二に次のような部分がありました。
あきらめるよりほかはないのである。

けだしそれはやはりあきらめのつかぬのであらう。笑へ。笑へ。健康なる人は笑へ。病気を知らぬ人は笑へ。

 
私の病気は、検診の中で見つかったので、苦痛はおろか自覚症状が全くありませんでした。発見された病気の治療のための手術こそ、消化器系の手術では最も難しいもののひとつ、と主治医から言われましたが、子規のような苦痛は皆無でした。
 でも、ここの「あきらめ」ということは、少し理解できます。だが、「笑へ。」の心境は、よく分からない境地です。  泣き悲しむ、嘆き恨む、絶望して自棄になる、ということとは異なる、何か、決然としたものだけを感じます。

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『病床六尺』 正岡子規
 この作品(日誌)の三十四で、「水難救済会」のことが書かれています。当時の団体のことで、詳しいことは分かりませんが、子規の文章からすると、難破船の救助のための民間組織のようです。
 そして、当時の「赤十字」には会員が多く集まっているが、日常的には「水難救済会」の方がよほど役に立っているとして、「赤十字」の活動よりも、「水難救済会」の活動に加わるべきだ、という意見を述べています。
 病床から動くことのできない子規の関心としては、ずいぶんとかけ離れたもののように思えます。しかし、子規の関心は、絵画のことや書籍のことや枕辺のことだけではありません。当時として知りうる範囲で、社会の動きについても、関心を持ち、このように意見を述べています。

 私は入院の当初は、考えることのほとんどが、自分の病気のことでした。特に、治療方針が決まるまでの検査のための入院中は、どんな診断が下るのだろうか、とそればかりが頭の中を巡っていました。ですから、身体的には、それほど負担のない検査が続いても、精神的には辛い時期でした。
 ただ、本を読む習慣と、ラジオを聴く習慣はあったので、それで気を紛らすことはできました。テレビも見ましたが、病院の消灯時間後は、イヤフォンで聴くラジオが頼りでした。ラジオを聴きながら、病気のことばかり考えてもしょうがないと思い始めました。
 そして、治療が終わって退院できたらあれをしよう、というようなことを考えたり、ラジオでニュースなどにも関心をもつようにしました。
 これは、入院中の精神状態をよくするために、役に立ったと思います。

 自宅で、治る見込みを持てない病の床にあった子規が、このような関心を持っていたのは、強い精神力の賜だと思いました。

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『病床六尺』正岡子規
 次のような一文からこの日の日記は、始まっています。
病勢が段々進むに従つて何とも言はれぬ苦痛を感ずる。
 この日の最後に近い部分では、書き出しと逆の気分になっています。
この日はかかる話を聞きしために、その時まで非常に苦しみつつあつたものが、にわかに愉快になりて快き昼飯を食ふたのは近頃嬉しかった。
 「
かかる話」とは、「同病相憐れむ」存在であった人の、亡くなる間際の様子についての話でした。それが自分の今の状態と非常に似ていることを知ったことが、子規を喜ばせたのです。
 それだけを読むと、かえって暗い気持ちになるのではないかと思わせられます。しかし、子規は、その話から、家族や看病の人に当たり散らすのが、病気の苦痛ゆえであることを確かめられたのでした。子規は、看病してくれる人たちを叱ったり、当たり散らす自分が嫌だったのでしょう。そして、それを自分の責任のように思ったのでしょう。でも、自分の病状とよく似た状態の人が、同じような行動をしていたことを知って、それが、病気が原因の行動であること知り、嬉しかったのだと思います。
 
 「同病相憐れむ」は、よい意味でつかわれることの少ない熟語です。しかし、同じ苦痛をもつ人同士が、互いの気持ちをよく理解し合えるものでしょう。自分の悩みと苦痛を、一人で抱え込まないで理解してくれる人に話すという行動は、それだけで、その悩みと苦痛を和らげる効果があると思います。その意味で、現代でも、同じ病気の人同士の交流は、大切なことだと思いました。
 

『病床六尺』  正岡子規
朝日新聞連載記事 「患者を生きる」
 『病床六尺にある正岡子規と、現代の「患者を生きる」の患者さんとの違いは、受ける医療にあります。病気についての気持ちには、共通するものが多いと思いますが、治療に関しては大きく違います。
 子規は当時としては進んだ治療を受けていたようですが、この病は不治という考えから抜け出すことはできないのでしょう。そのせいか、医師や治療についての記述は詳しくありません。
 一方、現代の「患者を生きる」は、連載記事のねらいということもありますが、治療についての事柄が詳しく書かれています。
 私の場合も、病気が分かってからは、治療についてのことが最大の関心事になりました。そして、家での生活よりは病院の中でどう過ごすかということが、いつも頭にありました。
 どんな病気でも、医療的になんらかの治療方法がある、あるいは今はなくても、明日にもそれが開発されるかもしれない。このことが、よく知られるようになったのは、時代として見ると最近のことだと思います。そして、その医療を受ける可能性が高いのは、世界でも日本はまれなのではないでしょうか。

 『病床六尺』の生活から見ると、現代の病との取り組み方は、病人の苦痛を軽くすることと、治る見通しをもてることで、比較にならないくらい現代が進歩しています。
 しかし、進歩発展の裏には、必ず何か失ったものがあるはずです。それについては、私はよく分かりません。しかし、現代は、病気に罹った人が「病人」というよりは「患者」になることを、意識してしまいます。
 そう考えると、病気に罹った現代の人は、医師と医療スタッフの方々との連携が何より大切だと思いました。また、病院での「患者」としての過ごし方を、患者自身が考えることが必要だ、と感じます。

   

 家族が買い、本棚に以前からあったのが、気になっていたので、読み始めました。上巻の半ばまでおもしろく読めました。
 ある時、目次の書き方が変なのに気づき、よく見ると、文庫の3巻本でした。我が家には、上下しかありません。近所の大型書店に行きましたが、この作品は置かれていませんでした。ないとなると悔しいので、ネットで注文して手にいれました。
 そのころから、なんとなく読みづらくなってきました。その最大の原因は、「吉里吉里語」の発音表記です。発音すればおもしろいのですが、漢字へのルビになっているので、老眼鏡が必要な私には負担です。
 そのうちに、登場人物の名前や行動の誇張表現をだんだんに楽しめなくなりました。

 地方の独立という設定そのものには興味があり、作者の考え抜かれた主張も見えるのですが、肝心のユーモアの部分を楽しめなくなると、この小説自体を読み進めることができなくなりました。
 新しくなった中巻を添えて、本棚に戻します。

 『心』を読んで自分なりに「生まれることと死ぬこと」について考えてみました。普段の日常の出来事として考えてみると、この二つのことは違いがあります。
 今の私の日常では、「生まれること」が身近で起こることは多くありません。一方、もう一つのことはかなり数多く起きています。
 自分が「生まれること」「生まれたこと」について、話題にすることはまれにしかありません。一方のことは、話題にしないまでも意識に上ることはよくあります。
 自分がこの世に生まれたのは、過去のことで、事実として確定していると無意識の内にとらえています。もう一つの方は、将来のこととしてとらえています。
 そして、ほとんど根拠なしで、「生まれること」は、めでたいことであり、祝うべきことになっています。そして、もう一つは、哀しいことであり、忌むべきことになっています。
 そして、これ以上に深く考えたり、感じさせられたりすることがあっても、だんだんに他のことに紛れて、忘れてしまいます。
 『心』を読んで、感じたことも、すぐに忘れてしまうのでしょう。忘れてしまうことを前提に書いておきます。

 「生まれること」と「死ぬこと」を切り離して考えても、本質に近づくことにはならないと思います。この作品にあるように、親友の死というケースを想定してみると、友が生きていたときに深い交流があるからこそ、喪った痛みも存在するのです。同じ学校に通った同窓生であっても、全く交流がなければ、喪った痛みは大きなものにはなりません。
 私が高校生の時に、一人の同級生が事故で亡くなりました。私が見て聞いた彼の表情や声は今も思い出せます。それは、互いに高校生として交流があったからに他なりません。

 生きているからこそ、「生まれることと死ぬこと」に悩み苦しむのだと思います。不思議なことですが、この二つのことは、自分では明確に意識できないものだと思います。もし、意識できるとしても、それは今の感覚と思考とは全く別の次元のものだと思います。 はっきりと認識できて、そして、わずかでも方向づけができるのは、「生まれることと死ぬこと」ではなくて、「生きること」なのだと思います。

 『心』を読んで、ぼんやりとこのようなことを感じています。
  

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 ブログは、誰かが読んでくれるから、かっこいい文章を書きたいと思ってしまいます。かっこつけたってしょうがないというのは分かっているのですけど。  この小説は、笑いを狙っているので、変でかっこわるい書き表し方がいっぱい出てきます。  「橋本」は、おかしな表現にかけては、底なしです。 竹輪の穴のようなトンネルを抜けると、そこは北国だった。 彼と彼女は即席ラーメンが出来あがるぐらいの間、じっと見つめあっていた。  普通は使わない直喩でしょう。でも、トンネルの比喩として「竹輪」はある意味、ぴったりだと思います。また、「即席ラーメンが出来上がるぐらいの時間」というのも、実際の生活では、よく感じる時間だと思います。3分間も見つめあうとしたら、よほどこの二人は惹かれあっていたのでしょう。  変でおかしな表現と、多くの人が感心するようなうまい表現とは、紙一重だという気がしてきました。  とにかく、私のような素人は、どこかで覚えてきたうまい表現を、自分の文章につかわないにこしたことはありません。 読んでいただきありがとうございます。 『吉里吉里人』の主人公は徹底してだめな作家に描かれています。でもそこには物書きの気持ちもずいぶんと描かれていると感じます。 クリックしてもらえればうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『ダ・ヴィンチ』2015MAY 「特別対談 北野武×荒木経惟」  写真と映画のフィルムの良さを、北野武と荒木経惟が話していました。  フィルムは、昔のように盛んに使われることはもうないと思います。でも、フィルムカメラでの撮影、プリントと、フィルムによる映画上映を、なくしてはならないと思いました。  フィルムを使うと味わいや懐かしさが増すというだけではないことが分かりました。フィルムを介した映像は、デジタルとは異なる原理で、人間にものを見せるということが、対談の中で強調されていました。  どちらも、名前が「カメラ」でも、フィルムカメラとデジタルカメラは、別の物ととらえるなら、どちらを選ぶかということではないでしょう。  私は、フィルムカメラを持っていますが、めったに使いません。現像、焼き付けを自分でできないのが、弱みになっています。でも、フィルムが手に入るうちに少しでも撮っておこう、と思わされました。  この対談を読んで、もうひとつ、おもしろかったことがあります。 俺もきっとフィルムと同時に消えていくんじゃないの。 荒木経惟 いいジジィだな、いい顔のジジィになったって言われたいなって。 北野武  こんな風に、ジジィを自覚して、消えていくことを認めながら、生気に溢れているところが、いいと思いました。 読んでいただきありがとうございます。 最近はレコードも見直されていますね。ジジィのこともおおいに見直してほしいところですね。 クリックしてもらえればさらにうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ       

 今注目されているミュージシャンのことはさっぱり分かりません。テレビでも歌番組が少なくなったせいか、新しい曲や歌手のことを聞くのは、せいぜいラジオを通してです。ラジオで流れてくる新人とされる人々や、その曲もそうとうに長い間有名でないと、覚えることができないのが今の私です。  もともと、音楽への興味はそれほどないのですが、坂本九・上を向いて歩こう、石田あゆみ・ブルーライト横浜、ベンチャーズ・ウォークドントランなどは、検索をして確かめなくとも出てきます。年代によるのでしょう。  これは、好きな本についてもあてはまるようです。  最近の流行作家については、さっぱり頭に入ってこないなあ、と思っていたら、『吉里吉里人』に次のような部分がありました。 洋書といってもよく見ると松本清張や司馬遼太郎や野坂昭如や大江健三郎や丸谷才一や筒井康隆など日本語の本ばかり、  吉里吉里人国営食堂内の購買部の書籍コーナーのこととして書いてありました。  最近書評などに取り上げられる作家はなじみのない人の方が多いのですが、ここの6人の方々は、私にとってドンピシャリ、名前がわかるだけでなくて、作品のいくつかは読んでいます。その本を買って、私の本棚に今もあるものもあります。  時代を写して注目をされた作家、そして、流行し注目された作家に共感することができる読者の年代というものがあるのでしょう。  にほんブログ村 本ブログへ
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(前略)いったいどこから書き始めたらよいのかと、記録係(わたし)は、だいぶ迷い、かなり頭を痛め、ない智恵をずいぶん絞った。  『吉里吉里人』を読み始めました。  小説の始めで、上のような表現があります。この小説の書き出しをどこから始めるかで、作者は、何通りものことを書いていました。  小説の冒頭には、作者はずいぶんと工夫するのでしょう。その工夫する所ですから、いちいち迷ったことを書かないで、これはと思ったことから、ズバッと書き出したらどうでしょう。 にほんブログ村 本ブログへ
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 『赤猫異聞』の登場人物二人のつながりが、次のように書かれていました。   語り合いながら思うた。こやつは朋輩などではない。双子同然の親友でもない。紛うかたなく私の体の一部なのだ、と。もしこやつがいなくなれば、そのときから歩むことも飯をくうこともできなくなると。  他人のことを「紛うかたなく私の体の一部なのだ」と、感じことが私にはあったでしょうか。友だちにそんな感じをもったことはあったような気もします。でも、あまり自信がありません。今は、こういうふうに思える他人はいません。  作者は、この作品で、強い結びつきの二人を登場させ、この二人を活躍させています。「以心伝心」、肝心のことは語らなくとも、伝わり合い、そして実際の行動で互いを支え合っていく。  このような人と人のつながりと行動を、読むのが気持ちよかった本でした。   にほんブログ村 本ブログへ
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 まだ入院中に、読み始めた。退院してからも、テレビやラジオしか受け付けない期間もあった。一日に何回か本を読むようになったが、一冊の本を読み継ぐということが、どうにも疲れた時期が長かった。  ようやく、『赤猫異聞』浅田次郎著を読み終えた。読んでよかった。四人の語り手によって、話が進んでいく構成が、時間がかかった理由であり、中断を重ねながらでも読み切ることができた理由でもある。  「工部省御雇技官エイブラハム・コンノオト氏夫人スウェイニイ・コンノオト」こと「白魚(しらうお)のお仙(せん)」の言葉は、次のように表現されている。  おうおう。典獄だかヒョットコだかしらねえが、おめら横浜くんだりまでいってえ何をしに来やがった。好き勝手にあれこれ調べ上げたあげく、面と向き合やア人ちげえかもしれねえだの相手が悪いだの、役人の風上にもおけねえ、いやさ、男の風上にも置けねえ野郎どもだ。  時代考証がどうのこうのではなくて、こういう話し言葉を読めたのはおもしろかった。  読むことによって、話を聴くことができる、それだけでもこの小説の価値はある。  講演会などではなくて、面と向かって人の話を聴くというのは、楽しい行為だ。私には、最近そういう経験が少ない。  ただし、面と向かって会話をする場合でも、聴き手のことを考えない話し手の場合は、楽しいどころか、腹立たしい行為になってしまう。 にほんブログ村 本ブログへ
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