本屋のとなりは写真館

朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

カテゴリ: 夏目漱石 『それから』の感想

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第96回2015/8/18

 親子、父と息子の関係がくっきりと表現されている。子が成人し、どのような形であれ、父子の別離が近づくと父の老いが明らかになる。
 「父」と「代助」の決別を避けることはできない。だが、父子の関係を妥協によって続ける道もある。
 世間には、妥協で繕った関係を続ける場合も多いのだろうと思う。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第95回2015/8/14

 「三千代」との関係は、本心を打ち明け、彼女の覚悟も聞いた。「父」との関係も結着が付く見込みが立った。
 残るは、食うための金をどうやって得るかである。

 単純なようで、永遠の課題だと思う。
 根本的な問いにまで遡らなくても、いかに食うための欲求を満足させるか、いかに便利で安楽な生活を維持するかはどの時代でも、人に課せられている。必要最低限の生活では、人は満足できないし、豊かさを求めれば、きりがなくなる。
 そう考えると、今までの「代助」の生活ぶりは、非常にバランスがとれているのかもしれない。しかし、働かずに贅沢はし過ぎずにという生活を続けられるはずもない。

 原発が現在も将来も人に安心を与えないだけでなく、多くの犠牲者と被害者を出しているのは確かだ。だが、なるべく安価で現時点では手に入れやすい電力を、多くの企業と一般の人が求めているのも確かだ。
 物のために生きるのではないが、物がなければ快適に生きていけない。これは、明治も現代も変わりがないことを突きつけられたような気がする。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第94回2015/8/13

 「代助」の何かが変わってきている。今の所は何事も起きてはいない。だが、彼の決然とした様子が伝わって来る。
 今までの「代助」について考えてみると、精神と行動を二元的に捉えることが無意味に思える。
 表面では、彼は思索の人であって、行動は起こさないで生きているように描かれている。しかし、食うためだけの、儲けるためだけの行動をしないことは彼の思索の結果だ。また、世間の道徳と常識に則った行動をしないのは、彼の精神の具現だった。
 つまり、「代助」の行動と精神は、一致していたのだと思うようになった。
 
 その「代助」が、今まで以上に決然と行動を始めたと感じる。次々と決断し、迷うことなく行動している。だが、何かを画策しての動きではない。

彼はただ何時、何事にでも用意ありというだけであった。

 こういう「代助」に、以前は歯がゆさを感じた。しかし、今はそうは思わない。かえって、度量の広さと思考の深さを感じる。
 世渡りの上からは、追い込まれているのだろうが。
 

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第93回2015/8/12

 友人の妻に恋することはまずい。それを相手の女性に告げたり、世間に公表するのはもっとすべきではない。
 本心はどうであろうと、父の言う通りにしていれば、今後の生活に苦労することはない。結婚も形式的なものだと考えて、父や兄に従うふりをしていれば、今までの生活を続けることができる。
 「三千代」のことを切り捨てて、我慢して世間の道徳に添っていれば、自分の好きなように芸術を味わい、思索の時間を得ることができる。
 「代助」は、上のような道を選ばなかった。そして、今までにない「心の平和」を味わった。

 しかし、この選択は大きなリスクを伴うと、感じる。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第92回2015/8/11

 恋する男女の会話がここにあると感じた。
 「告白する。」「サプライズで結婚を申し込む。」などの場面に、恋愛を感じることが難しい。それは、私が古い人間だからだ。
 それにしても、平成時代の恋人同士よりも明治時代の恋する二人に親近感を持つというのは、どういうことなのだろうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第91回2015/8/10

貴方が僕に復讐している間は

 漱石が「復讐」と使うからには、この語の意味に符合する事があったのだろう。
 私は次のように考えてみた。
 「三千代の兄」が生きていた頃は、「代助」と「三千代」は互いに好意を持っていた。その好意は互いに結婚を想像するほどに深まっていった。「代助」は、「三千代の兄」から妹との結婚を勧められれば、断らなかったろう。しかし、自分から「三千代」に結婚を申し込み、所帯を持つような準備は自分には当時はできないと判断したのだろう。
 だから、積極的に「三千代」と結婚したいと願った「平岡」を、結婚の相手としては自分よりはふさわしいと考えた。「三千代」の気持ちを知っていながら、謂わば身を引くように、「三千代」と「平岡」の縁談を取り持つようなことまでした。
 これは、「三千代」への裏切りに他ならない。「代助」が「三千代」に復讐されて当然の行為だった。
 これが、私の勝手な推測だ。
 この辺の事情は後に明らかになるのだろうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第90回2015/8/7

 前回の「兄」とは、誰だろうと思っていたら、「三千代の兄」であった。
 慎重な表現で、読者に示されているが、次のように読み取れる。
 「三千代の兄」は妹の結婚相手に「代助」を考えていた。「兄」は「三千代」へそれを伝えていた。「代助」は暗黙の内にそれを承知していた。
 しかし、その事の全ては、直接の言葉にならずに過去の中に埋もれてしまった。

 「兄」の突然の死によって、三人の関係は消失した。
 「代助」は意識していなかったが、「三千代」の言葉から、過去の「代助」の変化が明らかになりそうだ。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第89回2015/8/6

 食うために働くことが、働くことの意義を損なってしまうことも、食うためにあくせくすることが、無価値であることもよく分かる。だが、人は生きるためには食わなければならない。
 結婚という社会的な形式が男女の愛の本質に影響しないことも分かる。だが、他人の妻と一緒に暮らすには、彼女の夫や既成事実としての結婚と、なんらかの折り合いを付けなればならない。人は生きるためには、社会の一員でなければならない。
 「代助」と「三千代」の昔が、美しく純粋なものであったとしても、二人してそこへ回帰することはできないだろう。

 「代助」の無力ぶりと、同時に「代助」が辿り着いた境地が汚れのないものであることを感じる。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第88回2015/8/5

 旧来の日本の思想と道徳に束縛されることがなかった。明治の日本社会の道徳と常識に囚われることはなかった。西欧の思想をそのまま受けいれることは無理があると考えていた。
 何かのために行動するということをしなければ、頭脳と感覚は広がり、論理も感性も冴えていた。
 しかし、それは「代助」の頭脳の世界だったからだと思う。
 行動を起こすと、今までの「代助」の世界はたちまち変化する。

重なる雲が一つ所で渦を捲いて、次第に地面の上へ押し寄せるかと怪しまれた。

 この情景が「代助」のこれからの世界を象徴しているのだろうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第87回2015/8/4

自分の行為に対して、いうべからざる汚辱の意味を感じた。

 こう感じるのが当然と思える「代助」の行動だ。
 彼のような境遇だから、思うように生きてくることができた。曇りのない頭脳で人間社会を見つめることができた。古今東西の美しい芸術に触れて、感性を磨くことができた。
 しかし、その境遇の一部が崩れると彼のあらゆる事が齟齬をきたし始めた。
 父の意見に背いて行動すれば、金に困る。愛する女性と会おうとしても夫の存在に阻まれる。
 この状態に陥ったのは、周囲が変化したからか。父のせいか。「三千代」のせいか。
 そうは思えない。「代助」が今まで生きてきたその生き方が、「汚辱」と感じる「自分の行為」を招いているのではないか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第86回2015/8/3

縁談を断る。
   
父との関係を断つことになる。
   
父からの援助がなくなる。
   
自分の将来の運命の半分を破壊することになる。



縁談を受けいれる。
   
自分の気持ちを曲げ、父をまたごまかす必要がある。
   
それは断じて嫌だ。
   
心の迷いをなくするために「三千代」との関係をもっと深める。
   
そのために「三千代」とすぐに会う。
   
すぐに会うのは、夜だから都合が悪い。


 「代助」だけでなく、人が心に迷いを持つとは、こういうことだと分かる。人が自分の考えと行動を整理できなくてうろうろしている状態を、こんなにもきちんと整理して文章表現できることに感心させられる。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第85回2015/7/31

 「代助」らしくない「代助」がいる。
 平生の彼なら、縁談が本人に関係なく進むことを、予測するだろう。
 兄嫁に向かって言い切った彼の言葉は、内容もタイミングも相手も全てふさわしくなかっと、と感じた。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第84回2015/7/30

 父に会えずに、兄嫁に縁談を断った。父の都合が悪かったことが、今後の成り行きに影響するような気がする。
 そして、兄嫁の話から、本人に知らされずにこの縁談が進んでいることも分かった。当時としては、これは不自然なことではなさそうだ。

 父に直接断ったのではないのに、「代助」が珍しく緊張しているのが伝わって来た。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第83回2015/7/29

 「決心」を行動に移した「代助」は、実家でなんだか肩透かしを食っているようだ。
 普段は、父や兄嫁が真剣になって言って来ることを、「代助」がのらりくらりとやり過ごしている。その彼が今日は兄嫁ののんびりさに苛立っていた。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第82回2015/7/28

 散々考えた末に結論を出したのかと読んでいたが、違っていた。「代助」は、行動すべき結論をまだ出せずにいた。
 前回まででは、「代助」は結婚が「三千代」との仲を「遮断」すると考えていたが、それは違うと考え始めた。
 既婚の女性を愛したと言うことは、結婚という形式が、男女の愛情を妨げない。ということは、「代助」の結婚も「三千代」への愛情の妨げにはならないという考えに至った。
 
 現代では、不倫の愛と言えば、既婚者同士の愛が当たり前のようになっている。これは、人間社会の進歩なのか、それとも別のことなのか。

 今回の結論は、「縁談を断るより他に道はなくなった。」であった。さて、「代助」は、どう行動するか。

↑このページのトップヘ