朝日新聞連載小説 『春に散る』第16回  
 「広岡」は、突然に激しい体の変化に襲われていました。 
 やはり、前触れなしの重病のようです。 小説の先のことを予想しつつ読んでいたのが我ながら分かりました。予想は、当たるばかりでも楽しくないし、かと言って思わぬ展開ばかりでは、荒唐無稽のストーリーになってしまいます。

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朝日新聞連載小説 『それから』 夏目漱石 第12回   「大助」は、今の自分を次のように見ています。 大助は決してのらくらしているとは思わない。ただ職業のために汚されない内容の多い時間を有する上等人間と自分を考えている。  「大助」のように、金の心配をしなくてもよいというわけにはいきませんが、職業のために時間を割かなくてもよい暮らしに、私もなっています。そうなってみると、自由になった時間に何をしようかということを考えます。私なりにそれを見つけていますが、今の自分が「内容の多い時間」を過ごしているかどうかは、自信がありません。さらに、「上等人間」と、思ったこともありません。    主人公が、こんな風に自分を見ることができるのは、羨ましいくらいです。そして、この思いはどこから湧いて出ているのか、疑問に思いました。 クリックをお願いします。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説 『春に散る』第15回  新しい章に入りました。今回の最後の文に次のようにあります。 自分は正真正銘の病人だったからだ。  「広岡」は、チャンピオンへの夢を果たせなかった元ボクサーでした。  また、医師から車の運転を止められていました。ここから、私はボクシングの後遺症があるのだろうと思っていました。が、この文からは、もっと深刻な病気を患っているような気がします。 クリックをお願いします。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ   続きを読む

朝日新聞連載小説 『それから』 夏目漱石 第11回   「大助」にとって、彼の父親はまるで別世界に住む人のようだったことが分かります。「父」の言動でいちばん応えることを、次のようにいっています。 自分の青年時代と、大助の現今とを混同して、両方とも大した変わりはないと信じていること。  この感じ方は、今もあてはまります。例えば、私たちの世代が自分たちの親の世代について話すときに、同じようなことが愚痴として、よく出てきます。  なぜ、こんなにも似ているのか、不思議なほどです。 クリックをお願いします。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ 続きを読む

朝日新聞連載小説 『春に散る』第14回  「広岡」が有望なボクサーであったこと。だが、世界チャンピオンになる夢を果たせなかったことがだんだんに明らかになってきました。  「広岡」は、現役のころにあるトレナーから次のように言われました。 「君は普通のチャンピオンになれるかもしれない。しかし、私はチャンピオンの中のチャンピオンになれるボクサーしか教えるつもりはないんだよ。」  有望と言われている現役のボクサーが、トレナーからこう言われたら、ショックを受けるでしょう。でも、一人のトレナーのこの一言がどれほどの影響力をもったのかは、この回だけでは分かりませんでした。 クリックをお願いします。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

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