羨ましい 『それから』第12回 夏目漱石
朝日新聞連載小説 『それから』 夏目漱石 第12回
「大助」は、今の自分を次のように見ています。
大助は決してのらくらしているとは思わない。ただ職業のために汚されない内容の多い時間を有する上等人間と自分を考えている。
「大助」のように、金の心配をしなくてもよいというわけにはいきませんが、職業のために時間を割かなくてもよい暮らしに、私もなっています。そうなってみると、自由になった時間に何をしようかということを考えます。私なりにそれを見つけていますが、今の自分が「内容の多い時間」を過ごしているかどうかは、自信がありません。さらに、「上等人間」と、思ったこともありません。
主人公が、こんな風に自分を見ることができるのは、羨ましいくらいです。そして、この思いはどこから湧いて出ているのか、疑問に思いました。
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病人 『春に散る』 第15回 沢木耕太郎
朝日新聞連載小説 『春に散る』第15回
新しい章に入りました。今回の最後の文に次のようにあります。
自分は正真正銘の病人だったからだ。
「広岡」は、チャンピオンへの夢を果たせなかった元ボクサーでした。
また、医師から車の運転を止められていました。ここから、私はボクシングの後遺症があるのだろうと思っていました。が、この文からは、もっと深刻な病気を患っているような気がします。
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不思議なほど今と近い 『それから』第11回 夏目漱石
朝日新聞連載小説 『それから』 夏目漱石 第11回
「大助」にとって、彼の父親はまるで別世界に住む人のようだったことが分かります。「父」の言動でいちばん応えることを、次のようにいっています。
自分の青年時代と、大助の現今とを混同して、両方とも大した変わりはないと信じていること。
この感じ方は、今もあてはまります。例えば、私たちの世代が自分たちの親の世代について話すときに、同じようなことが愚痴として、よく出てきます。
なぜ、こんなにも似ているのか、不思議なほどです。
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