朝日新聞連載小説『それから』 平成27年4月6日分
「大助」は、書生の「門野」のことをずいぶんと見下しています。
大助から見ると、この青年の頭は、牛の脳味噌で一杯詰まっているとしか考えられないのである。
「門野」のことを見下している理由は次のようなことです。話が込み入ってくると理解が遅い、論理的なことになるとまるでついて来られない、さらに神経に細やかな所がない、とこき下ろしています。
一方で、「大助」自身のことは、
細緻な思索力と鋭敏なる感応性
の持ち主である、としているようです。
これが当てはまるとしても、「大助」という主人公は、なんとも高慢でいやな奴です。
ところで、私は、自分の頭に牛の脳みそが詰まっているとは考えたくありません。込み入った話にもついていけると思っています。だからと言って、自分のことを、細緻な思索力と鋭敏なる感応性の持ち主とも思いません。
だが、思索力や感応性がないか、というとそう思いたくありません。いや、人よりはものを深く考える、人よりは少しだけ鋭い感性をもっている、と思いたいのです。思いたいだけでなく、実は自信がある……ような気もしてきます。
他の人を軽蔑するようなことを言ってはいけない。自惚れてはいけない。そういう風に、常識としてもっているだけで、内心では、「大助」に近いか、「門野」に近いか、と言われると、断然「大助」に近いのでしょう。
連載を読んだだけでは、主人公を嫌なやつと思いましたが、感想を書いてみると、自己を振り返ることになってしまいました。
読んでいただきありがとうございます。
毎日感想を書くと、読んだだけとは違うようです。
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