朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第99回2015/7/10

 「広岡」は、40年ぶりの日本なのに、実家や故郷を訪ねないどころか懐かしむことさえなかった。その理由が分かってきた。
 野球選手として、プロのボクサーとして、夢が叶わなかった「広岡」だったが、不運はそれだけではなかった。幸福とは言えない生い立ちだったことが明かされた。
 人と関わりを持ちたくないという今までの彼の気持ちを理解できる。このような生い立ちと、その後の不運を考えると、生きる意欲をなくしても不思議ではない。
 だが、「広岡」が、夢に破れたことを悔やみ、不運を嘆いてばかりいる男とは思えない。